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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)832号 判決 1984年7月20日

目次

当事者

主文

事実

第一章当事者の求めた裁判

第二章当事者の主張《省略》

Ⅰ 総論(各原告に共通する事項)

第一 原告らの主張

第二 原告らの主張に対する反論

第三 被告の主張

第四 被告の主張に対する反論

Ⅱ 各論(各原告の個別的事項)

第一 原告らの主張及び反論

第二 被告の主張及び反論

Ⅲ 結論

第三章証拠関係《省略》

理由

第一章 総論(各原告に共通する事項)

第一 騒音性難聴について

第二 因果関係について

第三 被告の責任について

第四 時効について

第五 損害について

第六 損益相殺の主張について

第二章 各論(各原告の個別的事項)

第三章 結論

原告

斉木福右ェ門

外二一名

原告ら訴訟代理人

藤原精吾

前哲夫

高橋敬

深草徹

中村良三

佐伯雄三

田中秀雄

近藤忠孝

原告ら訴訟復代理人

小沢秀造

山根良一

被告

三菱重工業株式会社

右代表者

末永聡一郎

右訴訟代理人

山田作之助

竹林節治

門間進

畑守人

羽尾良三

中川克己

主文

一  被告は、

原告斉木福右ェ門に対し金一六五万円、

原告山下数男に対し金八八万円、

原告藤本忠美に対し金一一〇万円、

原告田中太重に対し金一一〇万円、

原告佐々木次郎に対し金八八万円、

原告中野真一に対し金二二万円、

原告横矢役太に対し金二二〇万円、

原告高橋一雄に対し金二二〇万円、

原告松田次郎作に対し金一六五万円、

原告井村正一に対し金一六五万円、

原告西垣兀に対し金二二〇万円、

原告田野米三郎に対し金一一〇万円

原告南日輝に対し金二二〇万円、

原告久川今次に対し金一六五万円、

原告前田利次に対し金一三二万円、

原告加川留吉に対し金一六五万円、

原告渡はまに対し金一一〇万円、

及びこれらに対する右原告斉木から原告田野までの各原告に対しては昭和五二年一一月二三日から、原告南から原告渡までの各原告に対しては昭和五三年八月一五日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告村上、同図師、同森、同西、同太田の各請求およびその余の原告らのその余の請求をいづれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告村上、同図師、同森、同西、同太田と被告との間で生じた分は同原告らの負担とし、原告斉木、同井村と被告との間に生じた分は、それぞれ四分し、原告山下、同田中、同佐々木、同田野と被告との間に生じた分は、それぞれ七分し、原告藤本、同久川、同渡と被告との間に生じた分は、それぞれ六分し、原告中野と被告との間に生じた分は三三分し、原告横矢、同西垣と被告との間に生じた分は、それぞれ三分し、原告高橋、同松田、同南、同前田、同加川と被告との間で生じた分は、それぞれ五分し、いずれもその一を被告の負担とし、その余は当該原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告が、原告斉木、同松田、同井村、同久川、同加川に対し、それぞれ金五五万円、原告山下、同藤本、同田中、同田野、同渡に対し、それぞれ金三六万円、原告佐々木に対し、金三〇万円、原告中野に対し、金七万円、原告横矢、同高橋、同西垣、同南に対し、それぞれ金七〇万円、原告前田に対し、金四〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一章  当事者の求めた裁判

第一原告ら

一  被告は、原告らに対し、それぞれ次表合計欄記載のとおりの金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二被告

原告

番号

氏名

慰藉料

(単位万円)

弁護士費用

(単位万円)

合計

(単位万円)

1

斉木福右ェ門

六〇〇

六〇

六六〇

2

山下数男

七〇〇

七〇

七七〇

3

村上忠義

六〇〇

六〇

六六〇

4

藤本忠美

六〇〇

六〇

六六〇

5

田中太重

七〇〇

七〇

七七〇

6

佐々木次郎

六〇〇

六〇

六六〇

7

中野真一

七〇〇

七〇

七七〇

8

横矢役太

六〇〇

六〇

六六〇

9

図師一雄

一〇〇〇

一〇〇

一一〇〇

10

高橋一雄

一〇〇〇

一〇〇

一一〇〇

11

松田次郎作

七〇〇

七〇

七七〇

12

井村正一

六〇〇

六〇

六六〇

13

西垣兀

六〇〇

六〇

六六〇

14

田野米三郎

七〇〇

七〇

七七〇

15

南日暉

一〇〇〇

一〇〇

一一〇〇

16

森清

七〇〇

七〇

七七〇

17

久川今次

一〇〇〇

一〇〇

一一〇〇

18

前田利次

六〇〇

六〇

六六〇

19

西優

一〇〇〇

一〇〇

一一〇〇

20

加川留吉

七〇〇

七〇

七七〇

21

渡はま

六〇〇

六〇

六六〇

22

太田一郎

六〇〇

六〇

六六〇

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  仮執行免脱宣言

第二章  当事者の主張《省略》

第三章  証拠関係《省略》

理由

(書証の成立について)

本判決の理由中に引用する書証の成立の真否及び写真の形式的証拠力は、次のとおりである。<中略>

第一章  総論

(各原告に共通する事項)

第一  騒音性難聴について

一騒音性難聴の意義・特質等について

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 騒音性難聴の意義

一般に、人は、一定以上の音量(騒音)に曝露されると、その曝露が短時間であつても、一時的な聴力損失(Temporary Threshold shift ;TTS)を生ずる。この一時的聴力損失は、可逆的なものであり、聴覚の疲労現象とも理解されている。

しかし、一時的聴力損失が十分に回復しないうちに再び騒音曝露を受け、これが反覆継続されると、聴力回復が困難となり、騒音曝露をやめて一定時間経過しても、聴力の一定以上の回復が不能な状態になる。これを永久的聴力損失(Permanent Threshold shift PTS)という。騒音性難聴とは、このような永久的聴力損失の状態である。

聴覚は、おおむね次のような機構を有している。

すなわち、人の耳は、頭部の外側から順に外耳、中耳、内耳の三部分によつて構成されているが、音(気圧振動のエネルギー)は、まず外耳を通つて鼓膜に達し、鼓膜を振動させる。内耳には、鼓膜の内側にツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨という三小骨があり、鼓膜の振動を内耳に伝える。中耳には蝸牛管があり、蝸牛管の中には基底膜があつて、その上に、コルチ器(又はコルチ氏器)(感音器管)があるが、コルチ器は更に多数の敏感な感覚細胞(有毛細胞)によつて構成されており、このコルチ器に聴神経の末端が及んでいる。ところで中耳のアブミ骨の振動が内耳の蝸牛管に伝えられ、コルチ器の有毛細胞に伝わり、聴神経の末端を刺激し、更に脳の聴覚中枢に伝えられることにより、音として感じられることとなる。

もつとも、音の伝達の径路には、この気導によるもののほか、発音体の振動が空気を介して直接頭蓋骨に伝わり、内耳に達することにより、音として感じられる径路(骨導)も存する。

ところで、騒音性難聴の場合には、右に述べたメカニズムのうち、内耳の蝸牛管中の有毛細胞に変化あるいは損傷が生じ、このために聴力が低下するものと考えられている。また、騒音による障害が進行すると、螺旋神経節細胞にも変化がみられると言われている。

(二) 難聴の分類

難聴には、伝音(系)(性)難聴と感音(系)(性)難聴とがある。伝音難聴とは、外耳及び中耳の伝音部に障害が生じ、これによつて起こる難聴をいい、感音難聴とは、感音部すなわち内耳及び聴神経の部分に障害を生じ、これによつてひき起こされる難聴である。たとえば、中耳炎に基づく難聴は伝音難聴である。

騒音性難聴は、前記のとおり、内耳中のコルチ氏器の有毛細胞が侵され又はこれに損傷を生じて発生するものであつて、感音難聴に属するものである。

聴力(の測定)には、前述の音の伝わり方の径路の違いに対応して、気導聴力と骨導聴力とがある。気導聴力とは、発音体→空気→鼓膜→中耳→内耳→聴神経という径路をとつて中枢に達する気導音について判定される聴力である。これに対し、骨導聴力とは、発音体の振動を直接頭蓋骨に与え、発音体→頭蓋骨→内耳→聴神経という径路をたどつて中枢に達する径路の聴力をいう。したがつて、骨導聴力が低下している場合は、内耳及び聴神経に異常があるということになる。

したがつてまた、①骨導聴力に異常がなく、気導聴力のみが低下していれば、内耳・聴神経には問題がないが、中耳・外耳の伝音部に異常があることになり(伝音難聴)、②骨導聴力・気導聴力ともに低下している場合には、両者の間に差がなければ、内耳・聴神経(感音部)のみに異常があることになり(感音難聴)、さらに③気導聴力・骨導聴力ともに低下しているが気導聴力の方が骨導聴力よりもより低下している場合には、伝音部及び感音部の双方に異常があることになる(混合性難聴)。

(三) 騒音性難聴の進行過程とオージオグラムの特徴

騒音性難聴は、比較的長期にわたる騒音曝露によつて生ずるものであり、聴力低下は徐々に進行する。そして、おおむねその初期には四〇〇〇ヘルツに限局した聴力損失を示し(いわゆるC5ディップ)、その後八〇〇〇ヘルツの障害を伴つて四〇〇〇ヘルツ、八〇〇〇ヘルツ急墜型の難聴となり、更に障害が低音域に及んで漸傾型を経て最終的にはほぼ全音域にわたつて聴力の低下が生ずる水平型となる。また、このような聴力低下は、一般的には、五年ないし一〇年の長期間の騒音曝露によつて一定の段階に達し、その後は進行はゆるやかなものとなる如くである(後に詳述する。)。

(四) 聴力の左右差

騒音性難聴は、前記のとおり、長期間の騒音曝露によつて生ずるものであり、その期間中を通じてみれば、双方の耳がほぼ同程度に被曝されるものと考えられるから、騒音性難聴の場合には、その聴力には左右差がほとんど生じないものと考えられていたが、人の耳の感性等には左右差があるとし、騒音性難聴の現れ方にも個々的には左右差があるとの指摘もある。

(五) 補充現象

補充現象(レクルートメント=Recruitment現象)とは、音を聞こえないレベルから次第に強めてゆくと、可聴域値の付近で急に大きく聞こえ出す現象をいい、騒音性難聴患者の聴力を検査すると、この補充現象が見られる(陽性)ことが経験的に知られている。

ところで、騒音性難聴と老人性難聴は、いずれも感音系難聴であつて、類似した面が少なくないが、老人性難聴の場合には、右の補充現象があまり見られない(陰性)ことが特徴といわれる。

(六) 耳鳴り

また、騒音性難聴の場合には、耳鳴り、殊に高音の耳鳴りを伴うことが多いといわれる。

(七) 騒音性難聴の治療方法

一旦騒音性難聴になつた場合には、現段階では、有効な治療法は存しない。

補聴器は、一般に音量を増幅するものであるから、伝音系難聴に対しては有効であるが、感音系難聴には効果が乏しいといわれているが、老人性難聴の者で補聴器を使用する者もあり、ある程度の効用もあるごとくである。

(八) 騒音性難聴を生ぜしめる騒音

騒音性難聴の起こり方は、曝露騒音の音圧レベル、周波数構成(騒音スベクトル)、衝撃性及び曝露時間によつて支配される。すなわち、音圧レベルが高いほど、また曝露時間が長いほど聴力低下は大きくなる。周波数は高周波音の方が低周波音より有害性が大きい。

(九) 騒音の許容基準について

まず、各国における許容基準をみると、左記別表のとおりであり、一日八時間曝露の場合で、八五デシベル又は九〇デシベルとするものが多く、最近では八五デシベルを採用する国が比較的多数となつていると理解される。もつとも、これらの許容基準の中には罰則を伴つた法的規制とされているものもあるが、おおむね勧告ないし目標値として用いられている如くである。

諸外国の騒音許容基準

国名

8時間曝露に対

する騒音レベル

備考

オーストラリア

90dBA

85dBA

85dBA

現存する工場

同上5年以内

新設工場}Lcq(8)

ブラジル

85dBB

90dBC

閉空間(closed space)

開空間(open clased)

カナダ

85~90dBA

3~5dB/倍時間

州によって区々であるが90dBA-3dB/

倍時間になりつつある上限115dBA

デンマーク

90dBA

85dBA

80dBA

~1978

1979~1981

1985~

ISO1999}Lcq(10)

フィンランド

85dBA

ハンガリー

NR80

インド

90dBA

イギリスと同じ

アイルランド

90dBA

イタリア

90dBA

85dBA

旧指数

新指数

日本

90dBA

暫定的に用いる

オランダ

90dBA

16~18歳の若年労働者にのみ適用

ノルウェー

85dBA

Lcq(8)

上限 105dBA(fast)

南アフリカ

85dBA

ISO 1999

スウェーデン

85dBA

Lcqこれを超えると周波分析する

スイス

90±2.5dBA

上限 100dBc

トルコ

85dBA

イギリス

90dBA

Lcq(8)上限 135dBA

アメリカ

90dBA

85dBA

70dBA

5dB/倍時間 osllA

3dB/倍時間 EPA

Lcq(21)環境騒音に適用 EPA

各曝露時間に対する

許容オクタープバンドレベル(dB)

中心

周波数

(HZ)

30分

40分

60分

120分

240分

480分

120

120

118

108

102

98

250

117

112

105

99

95

92

500

103

99

95

91

88

86

1000

92

90

88

85

84

83

2000

90

88

86

84

83

82

3000

91

89

87

85

83

82

4000

105

101

97

92

89

87

8000

また、日本産業衛生学会は、騒音の許容基準を勧告として公表しているが、昭和五三年発表によると、次のとおりである。

右基準以下であれば、一日八時間の曝露が常習的に一〇年以上続いた場合でも、永久的聴力損失 (NIPTS or PTS)が一〇〇〇ヘルツ以下の周波数で一〇デシベル以下、二〇〇〇ヘルツで一五デシベル以下、三〇〇〇ヘルツで二〇デシベル以下にとどめることが期待できるとしている。

そして、右学会は、騒音レベルによる許容基準にひきなおすと一日八時間曝露で九〇ホン(dBA)に相当するとしている。

アメリカ環境保護庁(E・P・A)では、騒音性難聴を発生させる蓋然性のある騒音レベルについて、一日八時間、期間四〇年間の曝露で、集団の九六パーセンタイルを、五デシベル以下の聴力損失にとどめるためには、約Leq(等価連続騒音レベル)七三デシベルとしている。

これらの許容基準は、集団の一定割合部分を一定レベル以下の聴力損失から保護するために定められたものであつて、この基準以下の音であれば絶対に騒音性難聴患者が発生しないというものではなく、また逆に、右の許容基準以上の騒音であれば難聴患者が多発するといつたものでもない。

厳密な意味では、今日においても、騒音性難聴をひき起こす蓋然性のある騒音レベルは明らかとはいい難いけれども、騒音性難聴をひき起こす蓋然性のある騒音レベルを考えるにあたつては、前記騒音の許容基準は十分参酌すべき数値を示すものであると考えられる。

二経年による聴力損失の進展について

甲第一号証(新労働衛生ハンドブック・渡部真也執筆)では、「聴力損失の進展の様相は図(略)のように、曝露後数年のうちに急速に進行し、約一〇年のうちにその人に起こしうる障害をほとんど起こしてしまう」としているが、同号証に引用してある聴力損失進展の一例を示す図(山本剛夫の調査によるもの)によると、二五〇ヘルツ及び五〇〇ヘルツの実聴力損失値(加齢要素を除いたもの)は一〇年を経過すると損失程度が相当鈍化するが、なお進行し、ほぼ二〇年を経過すると低下が止まるように示され、また一〇〇〇ヘルツ、二〇〇〇ヘルツ及び四〇〇〇ヘルツではこれと異なり低下の程度は鈍化するものの、三〇年を経ても損失は進行するように示されており、また、高周波音域ほど損失が長期間進行するものとされている。また、同号証中に引用されている「騒音作業経験年数別聴力損失程度」(労働省の調査によるもの)によれば、経験年数が大になるほど損失程度も大となり経験年数一〇〜一五年のグループよりも一五〜二〇年のグループが、一五〜二〇年のグループよりも二〇年以上のグループが、それぞれ損失程度が大であることを示す調査結果が示されている(もつとも加齢的要素を除くことはされていない。)。

なお、右の点について、証人渡部真也は、聴力損失の進展のしかたは個人的に多様な経過をたどるものであること、騒音性難聴の進行が一〇年で停止し、その後はもつぱら加齢要素によるものであるとは明言できない旨を証言している。

次に、甲第一九号証(「造船所音響の聴器に及ぼす影響に就ての臨牀的研究」草川一正)には、オージオメーターによる聴力検査の結果、「一〇年以上になると聴力障碍を惹起しやすい原因、素質の如何に拘わらず、殆ど一様に可聴域全域に亘つて、損失の最大限に達した感ある聴力像を示すに至り」と指摘してあるが、右検査の結果は、①一年未満、②一〜四年、③五〜九年、④一〇年以上の四グループに分けて示されているにとどまり、一〇年以上の者の中でのグループ分けはされていない。そして、一〇年以上を更に分類した他の検査では、一〇年以上でも経年者の方が聴力が低下しているとみうる結果も示されており、これらの点をもふまえてみると、前記「 」の指摘から直ちに一〇年以上は聴力損失が進展しないと理解することはできない。右指摘は、「聴力像」の固定化の傾向を述べたものと理解しうる。

次に、乙第五〇号証の六(「難聴の診断と治療」立木孝)では、多くの資料によると、勤務年数の増加とともに騒音性難聴の発生率も、その程度も増加しているが、金属鉱山従業員について勤務年数に年齢を加味した調査によつてみると、「音響による障害は、騒音曝露開始後の比較的早期に発生し、進行する。その後の進行は一般に加齢による生理的な聴力損失とほとんど同じペースである」と指摘する。

次に、乙第一八七号証(「騒音性難聴」川口洋志)によると、四〇〇ヘルツの損失値について「就業後一〇年間の聴力変化と、それ以後一〇年間の聴力変化を較べると、後半一〇年間の聴力損失は数値的に二デシベルであり、また就業後五年とその後五年間での変化は一デシベルである。このことより就業後一〇年までの間に難聴は完成してしまうものと考えられる。すなわち、騒音による難聴は就業後比較的短期間(就業後約五年間)のうちに急激に起り、その後は非常に緩慢か停止したような状態になるものと考えられる」と指摘する。

さらに、乙第一八七号証の五(「騒音性難聴の発生と伝音性難聴」志多享ほか)は、「同一騒音職場での就業年数と騒音性難聴進展との関係をみると、四〇〇〇ヘルツの聴力損失に関する限り就業一〇年までは継年的に平行して増大するが、一〇年をこえると、以後の聴力損失は年令因子を加味して較正すればほとんど進行しなくなる。」と指摘する。

もつとも、証人志多享は、「大体一五年から二〇年までは聴力損失が進むが、二〇年を越えると騒音の影響だけでは進まない」と証言している。

また、<証拠>によると、ある調査結果では、四〇〇〇ヘルツのNIPTS(永久的聴力損失)については曝露年数一〇年と四〇年との間に差は認めないが、その他のテスト周波数については一〇年以後も増加し、ことに二〇〇〇ヘルツの場合に増加が大きいことが報告されている。

なお、労働者の騒音性難聴に関する労災補償認定基準(昭和二八年一二月一一日基発七四八号)においては「聴力障害は騒音職場に在職するかぎり増悪し、固定しない」としている。

他にも聴力損失の進展に関する資料は存するが、これらを要するに、現段階では未だ確定し難い面があるけれども、騒音性難聴は曝露の比較的早い時期(一〇年位)に比較的急激に進行し、その後損失の増大は鈍化するものの、一〇年で進行が停止するものとはいい難く、その後も緩慢ながら進行し、一五〜二〇年でほぼ進行が停止すると思われるが、この点も断定することはできないものと理解するのが正当である。

三老人性難聴との異同ないし加齢要素について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

一般に、人の聴力は、年齢とともに生理的に徐々に低下するが、殊に五五歳を超えるとその低下の速度がやや大きくなつてゆく。その聴力像は高音障害漸傾型を示し、また左右対称性を示す。また、その原因は感音部に帰因する感音難聴であると考えられている。

もつとも、騒音性難聴によつて内耳に障害が起り、聴力が低下した後に、更に生理的な聴力悪化が生ずるメカニズムは期待し難いので、両者がどのような関係にあるかは必ずしも判然としないが、しかもなお加齢による要因を否定することは困難であると考えられている。

第二  因果関係について

原告らの難聴が被告神戸造船所における就労と因果関係を有するか否かについては、後に各論において各原告ごとに個別的に検討するが、ここで、因果関係を認定するうえで要素となると思われる事項について検討する。

一造船業における騒音性難聴の発生率

<証拠>によると、次の各事実が認められる。

(一) 大正二年の徴兵検査報告

大正二年に発表された軍医による徴兵検査に関する報告の中に、長崎三菱造船所職工及び佐世保海軍工廠職工合計一七五名に関する難聴調査の結果が報告されているが、その結果は、次表のとおりとされている。

当時は、現在のようにオージオメーター等の聴力測定機器は存しなかつたので、検査者が〓語で数字又は地名を読んで復誦させるという方法によるものであつたが、右調査結果によると、検査人員一七五名のうち七一名(約0.57パーセント)が難聴者であつたとされ、そのうち騒音職場についてみると、長崎三菱造船所では71.15パーセント、佐世保海軍工廠では33.33パーセントであつたとされている。

造船所名

人員

検査

人員

難聴人員

百分率

職業別

鼓膜穿孔

鼓膜穿孔無

長崎三菱

造船所

銅工、鉄工、器機鍛治等

五二

三二

三七

七一・一五

鋳物工、仕立工、ドライバン等

三一

一二

一二

三八・七一

八三

四四

四九

五九・〇三

佐世保

海軍工廠

銅工、鉄工、器機鍛治等

四二

一二

一四

三三・三三

鋳物工、仕立工、罐工等

五〇

一六・〇〇

九二

一九

二二

二三・九一

総計

銅工、鉄工、器機鍛治等

九四

四四

五一

五四・二六

罐物工、仕上工等

八一

一九

二〇

二四・六九

一七五

六三

七一

四〇・五七

備考

一、職業ヲ二劃トシタルハ音響ノ著ク騒シキトキト比較的静ナルトニ分テルナリ

一、鼓膜穿孔ハ外傷性ナラス、病的即重ニ中耳炎ノ後遺症ナリ

一、撰兵等位決定ニ関係ヲ及ホサ、ル者ヲモ含ム

一、検査方法ハ規定ニ従ヒニ米突ノ距離ニ壮丁ヲ閉眼直立セシメ一耳ハ示指ヲ盪シテ密栓シ一耳ハ検者ノ方ニ向ケ検者ハ?語ヲ以テ数字又ハ地名ヲ呼ヒ壮丁ヲシテ

復誦セシメタリ

造船所職工の難聴〔戸次正巳・徴兵検査ニ於ケル調査事項、

軍医団雑誌、第四〇号、大正二年(一九一三)による〕

(二) 日本造船工業会の調査

昭和二六、二七年に、日本造船工業会と労働者の協力によつて、八造船所の一五職種に及ぶ約二〇〇〇人の聴力検査が行われたが、その検査結果は次表のとおりである(四分法)。

右検査結果によると、全検査耳数のうち、正常と目される一五デシベル以下のものは三二パーセントであり、その余の六八パーセントは一五デシベル以上の聴力損失を示していること、職種別にみると、撓鉄工が最も聴力損失の程度が大きく、鉄工(鉸鋲関係)がこれに次ぎ、最も聴力低下の少い鋳物工でも三七パーセントが一五デシベル以上の聴力損失を示していること、勤続年数別にみると、勤続年数が長期化すればするほど損失者の割合は高くなつており、勤続二一年以上の者では一五デシベル以下の者はわずかに3.5パーセントにとどまる状況にあるが、逆に勤続年数五年以下の者にも約半数近い異常者(耳)が存することが理解される。

造船業・各職種の聴力減退

(日本造船工業会1953年)

職種

検査耳数

聴力消失

15db以上

(正常)

16~30db

(第1度)

31~45db

(第2度)

46~60db

(第3度)

61db以上

(第4度)

鉄工

鋲打工

714

16%

27%

33%

16%

8%

取付工

922

30

39

19

10

2

孔明工

215

26

36

27

10

1

填隙工

452

28

32

27

10

3

製罐工

438

32

34

20

9

5

撓鉄工

77

6

6

32

32

24

鍛造工

147

59

31

9

1

-

溶接工

325

54

36

7

1

0

配管工

104

31

43

20

6

-

造船大工

106

44

37

14

4

1

管理補助工

105

49

34

11

6

-

運輸工

58

59

38

3

-

-

機械工

60

58

38

4

-

-

鋳物工

16

63

37

-

-

-

総計

3847

32

34

21

9

4

(同上勤続年数別)

勤続年数

検査耳数

15db以上

(正常)

16~30db

(第1度)

31~45db

(第2度)

46~60db

(第3度)

61db以上

(第4度)

5年以上

1198

53.5%

32.0%

11.0%

2.5%

1.0%

6~10年

963

35.5

42.0

16.0

5.5

1.0

11~20

1228

20.0

36.0

28.0

12.5

3.5

21年以上

456

3.5

15.5

37.0

27.0

17.0

3847

32.0

34.0

21.0

9.5

3.5

注:聴力消夫は語音域平均聴力消失で500.1000.2000.cpsの聴力損失

各a・b・c(db)より(db)として算出したもの

(三) 労働省の調査

労働省は、昭和三三年から三五年にかけて、騒音及び騒音性難聴につき全国的に実態調査を行つたが、造船業において行われる騒音作業ごとの騒音の程度及び聴力損失者数の割合は次表のとおりである(聴力損失は六分法による。)。

(四) 某造船会社の調査

昭和二八年一〇月から昭和三〇年二月まで某造船株式会社下関造船所において、特に騒音の激しい職種中、鉄機工、穴明工、填隙工、取付工、鉸鋲工、撓鉄工、製罐工の七職種二一三名を対象として難聴の検査をした結果、平均的聴力損失は、

作業

番号

作業内容

関係のある機械器具

騒音の

程度

(ホン)

30dB以上の

聴力損夫の

発生率(%)

4

空気圧縮機又はガス圧縮機を運転する場所における作業

究気圧縮機

ガス圧縮機

冷凍機

ガスクーラー 等

115~81

21.13

5

圧縮空気を用いて操作する機械工具(エヤ・ハンマー、エヤ・グラインダーを除く)を使用する場所における作業

ニューマチック・ハンマー

ニューマチック・ゼル

インバクトレンチ

エヤ・ドリル

エヤ・アイロン

噴霧塗装機

圧縮空気による除じん等

130~87

24.99

7

電気炉・溶鉱炬・滲炭炉等の金属溶解炉又は重油或はガスを用いて品物を加熱する加熱炉を運転する場所における作業

電気炉

電気製銑炉

加熱炉

再熱炉

熱風炉

焼鈍炉

焙焼炉

乾燥炉

ガス発生炉

回収炉

平炉

溶鉱炉

反射炉

金属溶解炉

キュポラ 等

119~83

10.98

8

金属の圧延・伸線・製管又はロ―ル機による金属の歪取・板曲げを行う場所における作業

圧延機

タイヤミル

圧延矯正機

管抽伸機

鋼管引抜

伸線機

酸洗・メッキ・波付機

検査・荷造・磨管等の業務

125~75

13.49

9

圧機・打抜機又は切断機(鋸機又は勢断機を含む)により金属又は岩石を切断し又は成型加工する場所における作業

プレス

打抜機

鋸断機

勢断機

製釘機 等

117~80

8.90

10

動力による研磨機(エヤ・グラインダーを含む)を用いて金属を研まする場所における作業

研磨機

バフかけ

サンダー

ホーニング

123~80

10.73

11

機械ハンマー(エヤ・ハンマー・蒸気ハンマー等)を用いて金属の鍛造又は成型を行う場所における作業

エヤ・ハンマー

蒸気ハンマー

スプリングハンマー

シャーブナー 等

130~75

30.58

12

ハンマーを用いて金属の打撃・成型を行う場所における作業(タガネを用いるハツリ作業を含む)

ハンマー

乾燥機用叩きハンマー

128~85

24.99

13

旋盤・フライス盤・平削盤又はボール盤等の工作機械を用いて金属を切削する場所における作業

旋盤

フライス盤

平削盤

形削盤

平面盤

クラッチ盤

中ぐり盤

歯切盤

面取機

ボール盤

時計軸加工機

117~73

2.70

15

鋸機・かんな機・又は穿孔機等を用いて木材を切断し又は穿孔する作業

丸鋸

帯鋸

傾斜盤

昇降機

面取機

柄取機

かんな機

木工用旋盤

木工用ミシン

角のみ機

経木かんな機

木毛機

ボール盤等

130~80

5.23

16

内燃機関の試運.転を行う場所における作業

111~88

7.03

17

ジーゼル機関車・ブルドーザー・天井走行起重機又は航空機を運転する作業

ジーゼル機関車

ブルドーザー

ヘリコプター

バッテリーカー

天井走行起重機

マニプレーター

ショベルカー 等

108~73

6.35

27

ガスによる金属の溶接又は切断の作業

107~85

7.42

一五デシベル以下 四一パーセント

一六ないし三〇デシベル 三二パーセント

三一ないし四五デシベル 一一パーセント

四六ないし六〇デシベル 一〇パーセント

六一デシベル以上 六パーセント

との結果を得た(四分法による。)。

(五) まとめ

以上の事実が認められる。ところで、以下の調査は、大正二年から昭和三三年〜三五年までのもので、いずれも比較的古い段階のものであるが、これらによつてみる限り、造船業においては、難聴者の発生率が相当高いということができる。

二被告神戸造船所における難聴発生の状況

(一) 甲第一五八号証(昭和三三年度の被告神戸造船所衛生年報)によれば、同年度の聴力検査の結果、聴力検査を行つた総数三五一一名のうち、一六デシベル(四分法)以上の聴力損失を生じている者が全体で九二六名(26.4パーセント)、四一デシベル以上の聴力損失を生じている者が一四九名(4.2パーセント)であること、その内容を所属別等により分析すると、次表のとおりとなることが認められる。

(二) 甲第一五九号証(昭和三四年度の被告神戸造船所衛生年報)によると、同年度の聴力検査の結果、四分法で一六デシベル以上の聴力損失を生じている者が全体で28.5パーセント、四一デシベル以上の者は全体で0.4パーセントであつたこと、その内容を所属別等により分析すると、次表のとおりとなることが認められる。

(三) その後の被告神戸造船所における聴力検査結果については、これを認むべき証拠がない。

もつとも、<証拠>によると、近時に至り、被告神戸造船所又はその下請企業に在籍した者から、騒音性難聴を理由とする労災認定請求がなされ、これに対し、その認定がなされていること、原告側の調査によると、被告神戸造船所において、昭和五二年一月から昭和五八年三月までの間に、騒音性難聴を理由として労災認定を受けた者の数は、社外工を含め、少なくとも合計四四〇名あり、そのうち労災等級一四級の者が四三名、四級ないし一一級の者が三九七名となつていること、このうち、内業課加工係における認定の状況をみると、昭和五二年一月から昭和五六年一二月までの労災申請有資格者三一名中認定者は一九名で、認定率は61.3パーセントであることがそれぞれ認められる。

被検者数

(人)

16dB以上

の聴力損

失を有す

るもの

(人)

同割合

(%)

41dB以上

の聴力損

失を有す

るもの

(人)

同割合

(%)

所属別

船殻

821

361

43.9

63

7.7

鉄構

256

88

34.3

8

3.1

479

53

11.1

7

1.5

鋳造

269

40

14.9

6

2.2

勤続

年数別

5~9年

911

184

20.2

20

2.2

10~14

798

232

29.1

37

4.7

15~19

377

120

31.8

22

5.9

20~24

310

128

41.0

25

8.0

25~29

109

42

38.5

9

8.2

30~34

53

29

54.7

8

15.1

35以上

28

18

64.3

6

21.5

職種別

鉄機械

28

8

28.6

0

0

撓鉄山型

117

54

46.2

11

9.4

クレーンマン

188

39

20.7

6

3.2

鋲打工

116

82

70.7

19

16.5

ガス熔接

128

35

27.3

7

5.5

電気熔接

364

106

29.1

15

4.1

鉄構組立

77

27

35.1

2

2.6

取付工

228

100

43.9

11

4.8

鋳物

261

40

15.3

6

2.3

玉掛工

38

6

15.8

2

5.3

鉄ギソウ

178

40

22.5

6

3.4

全体

3,511

926

26.4

149

4.2

被検者数

(人)

16dB以上

の聴力損

失を有す

るもの

(人)

同割合

(%)

41dB以上

の聴力損

失を有す

るもの

(人)

同割合

(%)

所属別

船殼

772

231

29.9

3

0.4

鉄構

239

66

27.6

1

0.4

整備

130

28

21.5

1

0.8

勤続別

5~9年

273

61

22.3

0

0

10~14

258

107

41.5

2

0.8

15~19

98

43

43.9

0

0

20~24

94

48

51.1

1

1.1

25~29

25

14

56.0

0

0

職種別

撓鉄山型

99

40

40.4

1

1.0

起重機運転士

79

12

15.2

0

0

鋲打工

19

11

57.9

0

0

ガス熔接

49

6

12.2

1

2.0

電気熔接

201

51

25.4

0

0

鉄構取付

84

22

26.2

0

0

造船取付

197

59

29.9

1

0.5

玉掛工

42

6

14.3

0

0

孔明工

53

30

56.6

0

0

填隙工

26

17

65.4

0

0

全数

1,141

325

28.5

5

0.4

(四) 甲一〇〇号証(昭和二四年一二月一日付神船時報)によると、右同紙に被告の一従業員の「工場探訪記」として、次のような一文が掲載されていることが認められる。

「めつたに現場へ行つたことがない僕は、鉄工場に二時間程いたらたちまちフラフラになつた。カタカタカタカタ、リベッチングやコーキング、チッピングなどのハンマーの機銃掃射に似た音、鋼板を打つ大砲のような響、戦車のようなグレーンのうなり、十字砲火の戦場もかくやと思われる騒音狂音暴音。その上溶接のセン光や火花が飛び交い眼もくらむばかりで頭がガーンとなる。事務所へ帰つてやつと口がきけたが、ここも雑音が遠慮なしに飛び込むから普通の声では話せない。やかましいこと当所のNo.1だろう(内緒だがここで平気で仕事を続ける人々の神経も恐らくNo.1に違いない)No.1といえば五船台十工場の二万五千坪に及ぶ工事場の広さもそうだ。第四、第五船台は低くて短いので使えないが、他の三船台にはデンマーク船と仏印向艀がそして工場全体としては第五次船の準備が着々と進められ活気が溢れている。従業員六七〇名、それに日傭から社外工まで入れると約九七〇名の大世帯でこれもNo.1の一つ。」「第五次船工事がどんどん進めば更に六五〇名の増員を目論んでいます」荒木工場長の気炎は高いが、二十一年度平均月別一万二千、二十四年下期二万、二十五年予定三万三千という鉄工場の工数表が端的にそれを裏付けている。一隻の鋼船が形を具えるまでの人工は鉄工八三%、溶接一五%、工具二%だから鉄工場は造船現業の中核体をなすわけだ。

現図場で設計図を現尺に直し定規や木型を製作する。取付工がそれに基づいて罫書し撓鉄、山形、鉄機械の各工場を通して孔を明けたり鋼材を曲げたり叩いたり加工をする。これまでの工程を内業といい、その後の組立てを主とする工程を外業と称し、取付工は図面と首つ引きでその工事の進行係をつとめる。内業の仕事場は屋根があるものの側壁のない吹き通しで日当りが悪いし、外業は露天だから暑くても寒くてもかなわない。

現場では眼が廻る程高い足場の上で作業する。グレーンが重量物を作業員の前後右左で容赦なく振り廻す溶接のアークと火花が前ぶれなく不意に眼を突きさす瞬間の油断も禁物だ。ケガ人の多いのは自慢にならぬNo.1だが、その代わり結核患者が比較的少いのは常に自然の恩恵に鍛えられるからだろう。

「まだ一つNo.1を忘れてますよ」と同行のO君が教えてくれた。撓鉄場で重いハンマーを振り上げる仕事で、これは「腹のへるNo.1」だそうだ。」

右の文章は、工場の状況を感覚的に描いたものであつて、もとより正確な騒音レベルを記録したものではなく、また(おそらくは若い世代の従業員が)工場の活気のある様子を描写しようとしたものと窺えるのであつて、筆の勢いもあつて正確な描写といえるかも疑問であるが、少くとも昭和二四年当時の被告神戸造船所の騒音の状況が右に近いものであつたことは誤りのないところと考えられる。

(五) なお、<証拠>によると、かつては、造船業において、あるいは被告構内において「けがと弁当は個人持ち」とか「一度や二度公傷にならないと一人前でない」とか、「耳が聞こえなくなつて初めて一人前になる」と言われた時代があつたこと、たとえば、昭和二五年もそういつた風潮が一部に残つていたことが認められる。

三造船所及び造船作業における騒音レベル

(一) 造船所における騒音及び造船の個々の作業の騒音に関する測定結果を示す資料として、次の証拠が提出されている。

甲第三号証 昭和三二年一月 三菱広島造船所

甲第四号証 昭和二六年一一月発表の論文 測定年月日不明

甲第六号証 M造船所 測定年月日不明

甲第一〇号証 昭和二九〜三〇年測定

甲第一一号証 昭和三二年一一月ころ発表の論文 測定年月日不明

甲第一四号証 昭和三三年一二月から昭和三五年一二月ころまでの間に、労働省が全国の二八業種について騒音等の実態調査を行つたもの

甲第一五号証 昭和二四年秋 三菱広島造船所

甲第一六号証 昭和二七年秋 三菱広島造船所

甲第一七号証 昭和三四年四月及び九月 三菱長崎造船所

甲第一九号証 昭和二七年発表の論文 日立造船因島工場 測定年月日不明

甲第二〇号証の一 昭和二五年 某造船所

甲第二〇号証の二 昭和二七年発表の論文 造船所及び製罐工場 測定年月日不明

甲第二一号証 昭和二八年発表の論文 各種工場の騒音測定結果 測定年月日不明

甲第四四号証の一、二 昭和四八年一二月及び昭和五〇年三月 被告神戸造船所内業課

甲第四五号証 昭和五二年七月 被告神戸造船所内業課

甲第四六号証 被告神戸造船所

これらのうち、比較的広範囲の実態調査と考えられる甲第一四号証(労働省の調査結果)によつて認められる騒音状況は先に示したとおりである。

これらの書証から、①職場毎の騒音の程度、②作業毎の騒音の程度は、次のとおりと認められる。

1 職場毎の騒音実態

(イ) 船台

甲第一〇号証 九五〜一〇二ホン

甲第一五号証 九七〜一三〇ホン

甲第二六号証 九五〜一〇二ホン

甲第四六号証 八〇〜九〇ホン

(ロ) 地上組立工場

甲第一七号証 八〇〜一一九ホン

甲第三号証 一一四〜一一六ホン

(ニューマチックハンマー)

(ハ) 内業組立工場

甲第四五号証 80.5〜九六ホン

(ニ) 撓鉄工場

甲第一五号証 九〇〜一一九ホン

甲第二〇号証 一三〇ホン以上

(ホ) 製罐工場

甲第一〇号証 九〇〜一〇八ホン

甲第一五号証 九八〜一二四ホン

甲第一六号証 八九〜一二〇ホン

甲第二六号証 九〇〜一〇八ホン

(ヘ) 鋳造工場

甲第一〇号証 九二〜九六ホン

(鋳物斫作物)

(ト) 機械工場

甲第一〇号証 八五〜九一ホン

甲第二六号証 八五〜九一ホン

(チ) 鉄構工場

甲第二〇号証 一二五〜一三〇ホン

(リベッティング作業)

(リ) プレス作業場

甲第一五号証 八五〜九三ホン

(ヌ) タンク内

甲第一七号証 八〇〜一一九ホン

(ル) エアーコンプレッサー室

甲第三号証 一〇二〜一〇四ホン

甲第四六号証 九〇ホン以上

(ヲ) デイーゼル発電所

甲第一〇号証 一〇〇〜一〇四ホン

2 作業毎の騒音実態

(イ) リベット

甲第一七号証 一一三〜一三〇ホン

甲第二〇号証 116.5〜一三〇ホン

甲第四号証 九五〜九九ホン

甲第一一号証 一〇五〜一二五ホン

甲第一五号証 一一三〜一二八ホン

(船台操舵室内)

甲第二六号証 一三〇〜一三四ホン

甲第三号証 一一三〜一一五ホン

(船底)

甲第三号証 一二二〜一二七ホン

(船台上船内)

甲第一五号証 一三〇ホン(船体)

甲第二一号証 一二〇〜一二四ホン

(船台上船内)

甲第六号証 一一八〜一二〇ホン

(船室内)

甲第六号証 一〇七ホン(上甲板上)

甲第二一号証 一一〇〜一一八ホン

(船外)

甲第一〇号証 一二五〜一二八ホン

(二重底外板)

甲第二六号証 一二五〜一二八ホン

(二重底)

甲第一〇号証 一三〇〜一三四ホン

(デフリューザー缶内)

甲第二〇号証 一二五〜一三〇ホン

(製罐)

(ロ) 填隙

甲第六号証 一二〇ホン(製罐工場)

甲第一五号証 一〇九〜一二〇ホン

(船内)

甲第一六号証 一一七〜一一八ホン

(填隙工)

甲第一七号証 一〇三〜一一二ホン

甲第二〇号証 106.8〜123.3ホン

(ハ) 取付

甲第一七号証 一〇〇〜一〇五ホン

(ニ) 撓鉄

甲第一五号証 一一七〜一一九ホン

(歪取)

甲第一六号証 一〇九〜一一〇ホン

(撓鉄工)

甲第一七号証 一三〇ホン以上

甲第二〇号証 一一八〜一129.5ホン(歪取)

甲第二六号証 一二六ホン(鉄板歪取)

(ホ) 穴明

甲第一七号証 九五〜九七ホン

(ヘ) 電気熔接

甲第一七号証 八五〜八六ホン

甲第四六号証 八五〜九〇ホン

(ト) ハッリ

甲第二〇号証 一〇二〜116.5ホン

甲第一一号証 九五〜一一〇ホン

(鋳造ハツリ)

甲第三号証 一一四〜一一六ホン

(地上組立ハツリ)

(チ) グラインダー

甲第一七号証 一〇〇〜一〇五ホン

甲第二〇号証 一〇四〜一一〇ホン

甲第四六号証 八五ホン以上

甲第三号証 一〇〇〜一〇二ホン

(タンク内)

甲第二六号証 九八〜一〇二ホン

(仕上げ)

甲第一〇号証 九八〜一〇二ホン

(仕上げ)

甲第一一号証 八五〜一一〇ホン

(手持ち)

甲第四六号証 一〇〇〜一〇五ホン

(手持ち)

甲第二一号証 一〇〇〜一一〇ホン

(手持ち)

(リ) ハンマー

甲第三号証 一二八ホン(五ポンドハンマー)

甲第一七号証 一三〇ホン以上(中型ハンマー・撓鉄)

甲第一七号証 一〇〇〜一〇七ホン

(片手ハンマー・取付)

甲第四六号証 一〇五〜一一五ホン

(中ハンマー)

甲第二〇号証の一 一一〇〜一三〇ホン(船内)

甲第六号証 九〇〜一二六ホン(撓鉄鉄板曲げ)

甲第二一号証 九〇〜一一五ホン

(片手ハンマー)

甲第四号証 一〇〇ホン(ドロップハンマー)

(ヌ) サンダー

甲第四六号証 八五ホン以上

(ル) サンドブラスト

甲第一〇号証 一〇一〜一〇三ホン

(船台)

甲第一一号証 九五〜一二〇ホン

甲第二一号証 九五〜一一〇ホン

(ヲ) 鋼板ショットブラスト

甲第一一号証 九五〜一二〇ホン

甲第四五号証 92.5〜九五ホン

(ワ) 型鋼ショットブラスト

甲第一一号証 九五〜一二〇ホン

甲第四五号証 九二〜九六ホン

(カ) インパクトレンチ

甲第一一号証 九〇〜一一〇ホン

甲第一四号証 八七〜一三〇ホン

(ヨ) 電気丸鋸

甲第四六号証 八五ホン以上

(タ) トライビット

甲第四六号証 八五ホン以上

(レ) ニプラ

甲第四六号証 八五ホン以上

(ソ) ニューマチックハンマー

甲第一七号証 一〇三〜一三〇ホン

(鉸鋲・填隙)

甲第二一号証 一一五〜一二七ホン

(ツ) エアドライバー

甲第四六号証 八五ホン以上

(ネ) エアーボンプ

甲第四六号証 八五ホン以上

(ナ) 送風モーター

甲第二一号証 八五〜一一五ホン

(ラ) IOHPファン

甲第四六号証 一〇五〜一一〇ホン

(ム) エァー放出

甲第四六号証 八五ホン以上

(ウ) 送風ブロアー

甲第一一号証 八五〜一一五ホン

(ヰ) プレス

甲第四号証 一二〇〜一三〇ホン

(水圧プレス)

甲第一四号証 八〇〜一一七ホン

甲第四六号証 八五ホン以上

(ノ) アーク・エア・ガウジング

甲第四六号証 八五ホン以上

(オ) ガス切断・加熱

甲第四六号証 九〇〜一〇〇ホン

(ク) パンチプレス

甲第四号証 九六〜一〇三ホン

甲第一一号証 八五〜一〇〇ホン

(ヤ) クレーン移動

甲第一一号証 八〇〜一〇〇ホン

甲第一五号証 七五〜八〇ホン

甲第四六号証 八〇〜九〇ホン

(マ) エアーコンプレッサー

甲第一〇号証 一〇五〜一〇八ホン

甲第一一号証 八〇〜一〇〇ホン

(ケ) エアーコンプレッサーモーター

甲第二一号証 八〇〜九五ホン

(フ) 旋盤

甲第四号証 八〇ホン

(コ) エンジンテスト

甲第一一号証 九五〜一二〇ホン

(エ) 発電機

甲等一一号証 八〇〜一〇〇ホン

(テ) 船発電機の運転

甲第四六号証 九〇〜一〇〇ホン

(ア) 重油炉バーナー

甲第一一号証 八〇〜一〇〇ホン

(サ) ウインチ

甲第一一号証 九〇〜一一〇ホン

(キ) 堅込鋳造機

甲第一一号証 八五〜一一〇ホン

(ユ) ボール盤

甲第一四号証 七三〜一一七ホン

(二) 周波数分析

先に見たように、一般に、騒音の中でも高周波音域のものほど難聴を生ぜしめやすいことが知られているが、たとえば甲第三号証によると、造船所における騒音の周波数分析は次の図の如くであつて、一般的には、たとえば一六〇〇ないし三二〇〇デシベル等の高周波音域における音圧レベルが高いものが比較的多いと認められる。

すなわち、① 鉄工場、製罐工場等においては、高音域成分が最大音圧を示す傾向があり、② 鍛造工場の一部、造船工作課の一部、木工場の一部、造機艤装工場等においては、騒音構成要素の各周波数が概して平均した音圧を示す傾向が見られ、③ 木工場の一部、造船工務課の一部、鍛造工場の一部等においては、一般に低音域の音圧が大である傾向が見られたことが認められる。

(三) 前掲各資料(証拠)は、おおむね昭和二〇年代又は三〇年代の比較的古い時期のものであり、また被告神戸造船所以外のものも多いが、その中では、甲第四四、第四五号証は被告神戸造船所における比較的新しい時期の騒音値を示すものであるので、これらを検討してみると、内業課各棟の一定の場所(必ずしも騒音作業従業者の耳の位置を示すものではないようである。)における測定値は、

① 昭和四八年一二月の中央値(最高と最低の中央値と思われる。)が82.5ホン(A棟)ないし96.5ホン(YA棟中央ショットブラスト)、

② 昭和五〇年三月の測定値は、最大がL棟(測定場所LM一三柱)で最高一〇〇ないし最低八五ホン、最低がC棟(同CB一五柱)で八五ないし七八ホン、

③ 昭和五二年七月の測定値は、最高96.0ホン(YA棟、型ショット)、最低80.5ホン(A棟の一部)、平均89.0ホン、

であつたことが認められる。

また、甲第四六号証(被告神戸造船所造船工作部昭和五三年九月発行の三分間教育資料)によると、造船工作部における騒音は次のとおりとされていることが認められる。

① 騒音場所

内業、組立工場 八〇〜九〇ホン

船台、船台船、岸壁船 八〇〜九〇ホン

空気圧縮機室 九〇ホン以上

クレーン移動 八〇〜九〇ホン

② 騒音発生工具

中ハンマー 一〇五〜一一五ホン

一〇HPファン 一〇五〜一一〇ホン

手動エアーグラインダー 一〇〇〜一〇五ホン

ガス切断、加熱 九〇〜一〇〇ホン

電気溶接 八五〜九〇ホン

船発電機の運転 九〇〜一〇〇ホン

また、甲九七号証の一、二(被告神戸造船所造船工作部昭和五三年一〇月発行の安全衛生基本心得)によると、心得として、

○ 耳栓は、全員常時携行し、騒音作業場では必ず使用すること、

○ 八五ホン以上では必ず耳栓を使用すること、

○ 一二〇ホン以上の場合にはイヤーマフを使用すること、

が定められており、右造船工作部では一二〇ホン以上の騒音の存する場所があることが窺える。

(四) 被告神戸造船所において原告らが被つた騒音の程度については、更に被告のとつた工法等の改善措置、衛生対策(ことに耳栓の支給)をもあわせ検討したうえで判定すべきであるが、これらについては次項(第三)で検討することとする。

四労災保険の認定について

次に、原告らのほとんどは、労働者災害補償保険法による保険給付の申請をし、原告らの疾病は騒音性難聴である旨の判定のもとに保険給付を得ているので、本件訴訟における因果関係を検討するにつき、両者の関係について考察する。

(一) 労働基準法七五条及び七七条は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならず、また、労働者が右の負傷、疾病がなおつたときに身体に障害が存する場合においては、使用者は、一定の障害補償を行わなければならない旨を定めており、同時に、右の災害補償の事由について、労災保険法に基づいて災害補償が行われた場合には、使用者は補償の責を免れるものとされている(労基法八四条一項)。

これをうけて、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)は、労働者の業務上の負傷、疾病又は死亡に関する保険給付を行うこととしている(労災保険法七条一項一号)。

そして、労働基準法七五条二項は、業務上の疾病の範囲についてはこれを命令に委ねているところ、労働基準法施行規則三五条、同別表第一の二によると、物理的因子による疾病の一として、

11 著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患

を規定している。

更に、労働省では、右労基法施行規則の騒音性難聴の取扱いについて、次の通達を発している。

○騒音性難聴の取扱いについて

(昭和二八・一二・一一基発第七四八号)

所謂騒音性難聴の取扱いについては左記によられたい。

一  次の各号を満す場合は騒音性難聴として労働基準法施行規則別表第一の二第二号一一に該当するものとして取り扱うこと。

(一)  鋲打、製罐作業等当該労働者が強烈な騒音を発する場所(職場の暗騒音が七〇フォーン以上で、その周波数分析により高音域に主勢力を有するものと認められる場所)における作業に引き続き従事していたものであること。

(二)  オージオグラムが次の通りであること。

(イ) 気導オージオグラムにより三〇〇〇サイクル音以上の部分に聴力欠損が認められること。すなわち、聴力欠損が低音域よりも高音域において大であること。

(ロ) 二五〇サイクル及び八〇〇サイクル音の骨導による聴力が外耳道を塞ぐ場合は一〇デシベル以上上昇すること。

(三)  リンネ氏法が陰性でないこと(骨導が気導よりも延長していないこと)。

(四)  鼓膜には著変が認められないこと

(五)  次に掲げる難聴でないこと。

(イ) 中耳疾患、薬物中毒、脚気、急性伝染病、熱性疾患、家族性難聴、メニエール氏症候群及び梅毒による難聴

(ロ) 災害性の爆(発)音障害、頭部外傷等による難聴

(ハ) 老人性難聴

二  聴力検査にあつては次の条件によること。

(一)  聴力検査室の騒音は四〇フォーン以下であること。

(二)  オージオメーターは性能の優秀なものを使用すること。

(三)  検査にあたつてはしばしば正常耳によりオージォメーターを正常な状態に保つこと。

(四)  聴力検査は騒音作業の直後等をさけ、平常の聴力によること。

三  その他診断にあたつては次の事項を参考とすること。

(一)  職種、経験年数、兵歴の有無(特に爆音にさらされたことの有無)等。

(二)  騒音性難聴は、騒音業務を継続することによつて増悪する性質を有すること。

(三)  騒音業務を離れる場合は(進行性に)増悪はしない性質を有すること。

また、労災保険法施行規則一四条の二は、労災保険の障害補償給付の請求手続を定めているが、右請求にあたつては、請求書に、発病の年月日、災害の原因及び発生状況その他所定の事項を記載し、かつ、これらにつき事業主の証明を受けなければならないものとされ、また、請求書に、疾病がなおつたこと及びなおつた日並びにそのなおつたときにおける障害の部位及び状態に関する医師の診断書を添え、必要があるときは、右のなおつたときにおける障害の状態の立証に関する資料を添えなければならないものとされている。

そして、労災保険法施行規則別表第一の障害等級表によると、聴力に関する障害等級は次のとおりである。

第四級 三 両耳の聴力を全く失つたもの

第六級 三 両耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になつたもの

第七級 二 両耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの

二の二 一耳の聴力を全く失い、他耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの

第九級 六の二 両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの

六の三 一耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になり、他耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することが困難である程度になつたもの

七 一耳の聴力を全く失つたもの

第一〇級 三の二 両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することが困難である程度になつたもの

四 一耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になつたもの

第一一級 三の三 両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になつたもの

四 一耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの

第一四級 二の二 一耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になつたもの

右障害等級については、更に、労働省の通達「障害等級認定基準について」が発せられているが、聴力障害に関する部分は、次のとおりである。

イ 聴力障害

(イ) 聴力障害に係る等級は、純音による聴力損失値(以下「純音聴力損失値」という。)の測定結果及び語音による聴力検査結果(以下「明瞭度」という。)を基礎として、次により認定すること。

a 両耳の障害

(a) 「両耳の聴力を全く失つたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が八〇dB以上のもの又は両耳の平均純音聴力損失値が七〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が三〇%以下のものをいう。

(b) 「両耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になつたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が七〇dB以上のもの又は両耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が三〇%以下のものをいう。

(c) 「一耳の聴力を全く失い、他耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が八〇dB以上であり、かつ、他耳の平均純音聴力損失値が六〇dB以上のものをいう。

(d) 「両耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が六〇dB以上のもの又は両耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が五〇%以下のものをいう。

(e) 「一耳の聴力を全く失い、他耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が八〇dB以上であり、かつ、他耳の平均純音聴力損失値が五〇dB以上のものをいう。

(f) 「両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が五〇dB以上のもの又は両耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が七〇%以下のものをいう。

(g) 「一耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になり、他耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することが困難である程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が七〇dB以上であり、かつ、他耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上のものをいう。

(h) 「両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することが困難である程度になつたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上のもの又は両耳の平均純音聴力損失値が三〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が七〇%以下のものをいう。

(i) 「両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になつたもの」とは、両耳の平均純音聴力損失値が三〇dB以上のものをいう。

b 一耳の障害

(a) 「一耳の聴力を全く失つたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が八〇dB以上のものをいう。

(b) 「一耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が七〇dB以上のものをいう。

(c) 「一耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では、普通の話声を解することができない程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が六〇dB以上のもの又は一耳の平均純音聴力損失値が四〇dB以上であり、かつ、最高明瞭度が五〇%以下のものをいう。

(d) 「一耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になつたもの」とは、一耳の平均純音聴力損失値が三〇dB以上のものをいう。

(ロ) 両耳の聴力障害については、障害等級表に掲げている両耳の聴力障害の該当する等級により認定することとし、一耳ごとの等級により併合の方法を用いて準用等級を定める取扱いは行わないこと。

(ハ) 職業性難聴については、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している限り、その症状は漸次進行する傾向が認められるので、等級の認定は、当該労働者が強烈な騒音を発する場所における業務を離れたときに行うこと。

(ニ) 職業性難聴の場合の聴力検査は、九〇ホン以上の騒音にさらされた日後七日間は行わないこと。

また、聴力検査前九〇日の間に九〇ホン以上の騒音にさらされたことのないものについては、当該聴力検査値を基礎として等級を認定すること。

なお、聴力検査前八日ないし九〇日の間に九〇ホン以上の騒音にさらされたことのあるものについては、検査日後さらに七日間ごとの間隔をおいて聴力検査を重ね、その聴力検査に有意差のないことを確認のうえ、当該確認時の聴力検査値を基礎として等級を認定すること。

(ホ) 急性的に生ずる災害性難聴については、急性音響性聴器障害として職業性難聴と区別して取り扱うこと。

なお、一般の音響性難聴(災害性難聴)については、療養効果が十分期待できることから、等級認定のための聴力検査は、療養終了後三〇日ごとの間隔をおいて検査を重ね、その聴力検査に有意差のないことを確認のうえ、当該確認時の聴力検査値を基礎として等級を認定すること。

(ヘ) 障害等級認定のための聴力検査は、別紙一「標準聴力検査法」(日本オージオロジー学会制定)により行い(語音聴力検査については五七式による)日を変えて三回測定し、二回目及び三回目の測定値の平均値をとること。

(ト) 平均純音聴力損失値は、周波数が五〇〇ヘルツ、一〇〇〇ヘルツ、二〇〇〇ヘルツ及び四〇〇〇ヘルツの音に対する聴力損失を測定し、次式により求めること。

〔注 A:周波数五〇〇ヘルツの音に対する純音聴力損失値

B:周波数一〇〇〇ヘルツの音に対する純音聴力損失値

C:周波数二〇〇〇ヘルツの音に対する純音聴力損失値

D:周波数四〇〇〇ヘルツの音に対する純音聴力損失値〕

ロ 耳介の欠損障害

(イ) 「耳介の大部分の欠損」とは、耳介の軟骨部の二分の一以上を欠損したものをいう。

(ロ) 耳介の大部分を欠損したものについては、耳介の欠損障害としてとらえた場合の等級と外ぼうの醜状障害としてとらえた場合の等級のうち、いずれか上位の等級に認定すること。

〔例 女子について、「耳介の大部分の欠損」は第一二級の四に該当するが、一方、醜状障害としては第七級の一二に該当するので、この場合は、外ぼうの醜状障害として第七級の一二に認定する。〕

(ハ) 耳介軟骨部の二分の一以上には達しない欠損であつても、これが、「外ぼうの単なる醜状」の程度に達する場合は、男子については第一四級の一〇、女子については第一二級の一四とすること。

併合、準用、加重

イ 併会

(イ) 障害等級表では、耳介の欠損障害について、一耳のみの等級を定めているので両耳の耳介を欠損した場合には、一耳ごとに等級を定め、これを併合して認定すること。

なお、耳介の欠損を醜状障害としておらえる場合は、上記の取扱いは行わないこと。

(ロ) 耳介の欠損障害と聴力障害が存する場合は、それぞれの該当する等級の併合して認定すること。

ロ 準用

(イ) 鼓膜の外傷性穿孔及びそれによる耳漏は、手術的処置により治ゆを図り、そののちに聴力障害が残れば、その障害の程度に応じて等級を認定することとなるが、この場合、聴力障害が障害等級に該当しない程度のものであつても、常時耳漏があるものは第一二級を、その他のものについては、第一四級を準用すること。また、外傷による外耳道の高度の狭さくで耳鳴を伴わないものについては、第一四級を準用すること。

(ロ) 難聴を伴い著しい耳鳴りが常時あることが他覚的検査により立証可能であるものについては第一二級を、また、難聴を伴い常時耳鳴があるものについては第一四級を準用すること。

(ハ) 内耳の損傷による平衡機能障害については、神経系統の機能の障害の一部として評価できるので、神経系統の機能の障害について定められている認定基準に準じて等級を認定すること。

(ニ) 内耳の機能障害のため、平衡機能障害のみでなく、聴力障害も現存する場合には、併合の方法を用いて準用等級を定めること。

ハ 加重

(イ) 耳については、両耳を同一部位としているので、一耳に聴力障害が存する者が、新たに他耳に聴力障害を存した場合には、加重として取り扱うこと。

〔例 一耳の聴力を全く失つていた者が、新たに他耳の聴力を全く失つた場合の障害補償の額は、両耳の聴力障害に該当する障害補償の額(第四級の三、給付基礎日額の二一三日分の年金)から既存の一耳の聴力障害に該当する障害補償の額(第九級の七、給付基礎日額の三九一日分)の二五分の一の額を差し引いた額となる。〕

(ロ) ただし、既に両耳の聴力に減じていた者が、一耳について障害の程度を加重した場合に、労災則第一四条第五項により算定した障害補償の額(日数)が、その一耳に新たな障害のみが生じたこととした場合の障害補償の額(日数)より少ないときは、その一耳に新たな障害のみが生じたものとみなして障害補償の額を算定すること。

〔例 既に両耳の聴力損失が四〇dB(第一〇級の三の二)である者の一耳の聴力損失が六〇dBとなつた場合の障害補償の額は、第一一級の四(一耳の聴力損失が六〇dB以上)の障害補償の額から第一四級の二の二(一耳の聴力損失が三〇dB以上)の障害補償の額を差し引いた額となる。〕

以上にみたところによれば、法令及び通達上は、騒音性難聴は、業務によるものであることが要求されているところ、右の業務による難聴であるか(業務起因性)は、基本的には債務不履行あるいは不法行為による損害賠償請求の場合の相当因果関係と同一のものであると理解することができる。

(二) 次に、労災保険給付の運用について検討する。

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

労災認定のための検査にあたつては、問診、耳鼻科的な診察のほか、純音聴力検査、語音聴力検査を行うが、右の聴力検査は、元来は一定の間隔をおいて三回検査を行う建前になつているけれども、諸般の事情から、難聴であることが明らかな場合には、所定の間隔をおかないで検査をしたり、回数を少なくしたりすることもある。また、検査は被検査者に音を聴かせて聴取しえた時に合図をするといつた方式で行うため、明確な詐聴とはいえなくとも、被検査者の心身の状態、主観によつて影響されることがありうる。もつとも、検査にあたる医師は聴力検査について経験を積んだ医師が多く、少なくも明確な詐聴は発見しうるものと考えられる。また、認定申請者が騒音作業に従事したか等に関しては、最終所属事業所の騒音を調査することはあつても、個々の労働者ごとにその過去の騒音被曝の状況を詳細に調査することは、実際には必ずしも行われていないごとくであり、これらについては、本人の請求書の記載、添付資料、問診の結果等によらざるをえない如くである。また、騒音性難聴と認定するためには、前述のとおり、他の原因によるもの、たとえば老人性難聴でないことが要件とされているが、老人性難聴の程度を騒音性難聴と別個に測定して、これをさしひくということは、現代医学上は困難であることもあつて、労災保険の認定上も、実際には、右のような作業は積極的には行われていないごとくである。

また、労災認定にあたつては、医師が検査し、これに基づいて意見を述べているが、たとえば「騒音性難聴と考えられる」、「騒音によるものと考えられる」「レ線検、血液検査、鼓膜所検に異常なく、騒音によるものと考えられる」等の意見がなされているが、明確な意見が述べられない場合もある。

本件における因果関係の認定にあたつては、右のような労災保険給付の運用の実情を考慮したうえで、騒音性難聴である旨の判定を受けた原告らについては、右判定も一つの資料として、因果関係の有無を考察すべきものと思料する。

第三 被告の責任について

一債務不履行責任について

(一) 安全配慮義務

雇傭契約における使用者の労働者に対する義務は、単に報酬支払義務に尽きるものではなく、当該雇傭契約から生ずべき労働災害の危険全般に対して、人的物的に労働者を安全に就労せしむべき一般的な安全保証義務ないし安全配慮義務をも含むものと解するのが相当である。

また、右義務は、より一般的には、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるできものである。

(二) 下請関係と安全配慮義務

1 ところで、使用者の労働者に対する安全保証義務はひとり直接の雇傭契約についてのみ生ずべきものではなく、事実上雇傭契約に類似する使用従属の関係を生ぜしめるべきある種の請負契約、たとえばいわゆる社外工のごとく、法形式的には請負人(下請負人)と雇傭契約を締結したにすぎず、注文者(元請負人)と直接の契約を締結したものではないが、注文者請負人間の請負契約を媒介として、事実上、注文者から、作業につき、場所、設備・機械等の提供を受け、指揮監督を受ける等に至る場合の当該請負契約においても、右の義務は内在するものと解される。

2 これを本件についてみると、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(下請会社)

被告神戸造船所には、三神合同、藤原船舶、宮家興産、神和工業、東亜外業、三陽船舶、三協鉄工、近藤工業所その他の企業が下請負をしているが、これら下請企業はもつぱら、あるいは主として、被告神戸造船所の下請をしており、他の企業の下請となつたり、あるいは自ら元請負をなすことはほとんどない。

(作業場所・作業内容)

原告斉木らは、下請工・社外工として被告神戸造船所に勤務したが、その労働の場所は、ほとんど被告神戸造船所に限られ、被告神戸造船所構内以外の場所で作業をしたことはほとんどなかつた。また、その被告神戸造船所は、敷地・ドック・工場建物・クレーンその他の機械類・工具等のすべてが被告の所有にかかるものであり、かつ被告の管理にかかるものであつた。

次に、作業内容についてみると、たとえば下請工である原告斉木・原告高橋は、本工の訴外岡本八悦と、同じ鉄工場において、同一作業をしていた。また、たとえば、原告山下は、昭和四五年八月二五日に被告を定年退職すると、直ちに三神合同所属の下請工となつたが、本工当時も三神合同所属となつてからも、被告神戸造船所の同じSA・SXヤードで歪取り作業をし、また、原告横矢は、被告の本工から次いで被告の特別嘱託となり、更に三神合同所属となつたが、その期間を通じて、被告神戸造船所の撓鉄S棟においてジンブルの作動作業に従事した。このように、本工も下請工も作業内容がほとんど変らないことが多い。

(作業の指揮・命令・労働時間)

下請工・社外工は、前記のとおり本工といわば一体となつて本工と同一作業を行う場合と、そうでない場合とがあるが、本工と一体となつて作業をする場合には、被告の職制が被告の本工とともに社外工に対しても指揮・監督を行う。

下請工が一応社外工と一応別個に作業する場合においては、下請企業に通称ボーシンと呼ばれる管理担当者が置かれることがあり、被告はボーシンを通じて作業の指揮・監督をすることも少なくないが、それのみではなく、下請工・社外工を直接指揮・監督することもまれではない。下請会社のボーシンは、下請工の勤怠を被告の職制に報告するなどするほか、自ら一般の下請工とともに作業に従事したりすることも少なくない。

(作業工具・材料その他)

一般の請負の場合には、作業工具や材料等は請負人が自らの所有するものを使用するのが一般であるが、被告神戸造船所の場合には、下請工が作業する場合においても、被告の所有・管理する工具・材料が用いられていた。

(溶接工について)

なお、同じく下請工であつても、溶接工の場合には、下請会社が一定期間内に一定量(「溶接長」という。)の溶接を行うことを請負うことが多く、この場合には他の下請の場合に比し、比較的被告の指揮・監督の程度が弱い如くであるが、右は程度の問題であつて、他の諸事情をも含めると、基本的には他の下請工の場合と異なるものとみるべきではない。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三) 右認定にかかる事実によつてみると、少なくとも原告ら(下請工であつた期間)を念頭に置くかぎり、被告神戸造船所の下請工・社外工は、事実上被告から作業場所・工具等の提供を受け、事実上被告の指揮・監督を受けて稼働するものであり、その作業内容も本工と同一であつたりするのであるから、原告らについては、被告の下請工・社外工として勤務した期間についても、被告は、債務不履行責任としての安全配慮義務を負担するものというべきである。

(四) 安全配慮義務の内容

1  騒音に関する規制

騒音に対する規制としては、まず、労働安全衛生法(昭和四七年法律第五七号)二二条に、「事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」と定め、その一として、「……騒音……による健康障害」と挙げており、これをうけた労働安全衛生規則(昭和四七年労働省令第三二号)は、五八四条において「事業者は強烈な騒音を発する屋内作業場においては、その伝ぱを防ぐため、隔壁を設ける等必要な措置を講じなければならない。」と定めている。

そして、右労働安全衛生法二二条に関する解釈例規をみるに、有害作業場における機械設備の改善等必要な措置の例示として「(略)騒音等を伴う作業等は、隔離室を設け、遠隔操作で行うこと」が挙げられ(昭和四八年三月一九日基第一四五号)、また、前記労働安全衛生規則五八四条の解釈例規として、旧規則に関するものの如くであるが、同条にいう「隔壁を設ける等」の「等」とは、次の如きものをいう、として

1 機械の配置を適当に変更すること。

2 周壁、天井等をテックスの如き音響吸収性の材料をもつて被覆すること。

3 機械と床との間に緩衝枕を挿入することが挙示されている(昭二三・一・一六 基発第八三号、昭三三・二・一三 基発第九〇号)。

これらは、もとより、事業者に対する公法上の規制であつて、そのまま債務関係たる安全配慮義務の内容をなすものではないが、安全配慮義務の内容を検討するにあたつて十分斟酌すべきは当然である。

2  次に、騒音性難聴の防止に関し、識者の説くところを検討してみると、たとえば甲第二一号証によると、労働科学研究所所員執筆の論文(昭和二八年発表。なお、日本産業医学会における報告を基にしたもの)は、「騒音の対策について」と題する項目において次のとおり論じていることが明らかである。

騒音の対策について

工場騒音の対策を考える場合に、単に難聴の発生を抑制する点のみでは十分でない。騒音の存在が労働する生体にとつて一つの負担となつていることは看過し得ない事実である。Kryterは騒音の人体に対する影響を難聴発生の外に、人間の行動に対する効果、会話音の妨害作用に大別して詳論している。騒音対策は何よりも騒音抑制、出来うべくんば無にすることである。

以上の結果に基づいてこの騒音の抑制の手段に関連する点を考察してみることとする。

施設の改善、生産手段の技術的変革による騒音の除法は根本的である。これは決して夢ではなく、私共は現実に某自動車工場で鋲打作業を自動式の油圧鉸鋲機に代えて騒音を除去した例を経験した。

建物の状況により騒音の大きさが異なる点から、騒音作業場の気積を大きくすることは有効である。又壁を吸音物質でおゝうことも無駄ではない。しかしその効果はせいぜい5 phon位と思われる。

作業者が常時掛り合う必要のない自動的な機械の場合には逆に騒音発生部をカバーすることが甚だ有効である。カーボン粉砕のチューブミルを殆んど完全に比較的厚手の木材で覆いをし、100〜105phonの騒音を85〜90phonに減少させていた例を経験した。

又機械の保守点検、弾性体の挿入等決して軽視してはならない。

最後的防護手段として考えられるのが耳栓であるが、今日では騒音対策をこの耳栓に頼る面がかなり大きい。しかもよい耳栓にはかなりの効果を期待できるようである。防音耳栓については我国でもすでに色々の研究が行われている。私たちは現在の市販のものでは、中―低周波音で減衰力が小さいという知見を得ている。一方会話音を遮断しないという必要や、難聴発生に有害なのは高周波音であるという見解から、耳栓は中―高周波音を減衰しない方がよいという意見もある。しかし騒音の周波音分析の結果から見て、中周波音も騒音の中にかなり大きな値で存在している。そういう場合、中―低周波音を減衰しないということがどれだけ会話の聴取に役立つか疑問である。又騒音作業場における通信に関しては別の解決方法が考えられなくてはならない。従つて耳栓は中周波音域で 20〜30dbの減衰力をもつことが必要と考えられる。

また、労働省・労働衛生のしおりでは、騒音性難聴の具体的な予防対策について、次のとおり述べている。

「(前略)この永久的聴力損失は、現段階では治療方法がないので、次のような各種予防対策を講じ、難聴の発生と進行を防止する必要がある。

イ 環境改善

(イ)  音源の改善

騒音のより少ない機械器具、装置、工程および作業方法を採用して、騒音を減少させ、さらに音源となる機械器具、装置に適切な工作を施し、騒音を軽減化させ、また、機械器具、装置を遠隔操作し、騒音発生源から作業者を隔離する。

なお、機械器具、装置の適切なメンテナンスにより騒音が増加しないようにすることも大切である。

(ロ)  しや音の措置

音源となる機械器具・装置に①カバーを設ける、②ついたてを設ける、③隔壁を設ける、などの措置をして作業者がばく露する騒音の軽減を図る。

(ハ)  吸音の措置

設備のカバー、天井、壁等に適切な吸音材を使用し、作業場の吸音力の増加を図り、作業者の騒音ばく露量を低減する。

ロ 騒音の測定

作業環境の騒音レベルを定期的に測定し、騒音性難聴発生のおそれのある場所を発見するとともに、騒音対策の管理状態をモニタリングする。騒音レベルが高いときには、それに対応して、イで述べた環境改善を進め、環境改善が技術的にそれ以上不可能な場合で、かつ、騒音性難聴発生のおそれのあるときは、防音保護具の支給、着用、作業時間の短縮等の措置をとる。

ハ 防音保護具の支給、着用

騒音レベルがばく露時間からみて騒音性難聴のおそれがあるときは、耳栓、イヤマフなどを支給し、着用することが大切である。耳栓は、各人の耳に合つたものを、適切に着用させる必要がある。また、防音保護具は、使用しているうちに、劣化、汚損して、効果もなくなり、不快感を生じるので、適当な間隔で点検し、交換する。

ニ 作業者への衛生教育

職場の騒音レベル、騒音性難聴、ばく露量を少なくするための作業方法、防音保護具等に関し、作業者を教育し、作業者自ら積極的に騒音障害の防止のための活動を行うようにさせる。

ホ 聴力検査

定期的な聴力検査を行い、高音域の聴力低下(4KHz)した者を早期に発見する。このような作業者が出た作業場については、作業環境、作業管理、作業方法、防音保護具の管理および着用に問題がないかどうかを検討し、不適正なものは改善する必要がある。難聴進行がある者については、適切な作業管理を行うとともに、防音保護具の着用、衛生教育の徹底を行い、必要に応じ、ばく露時間の短縮や配置転換を行う。

3 これらを総合して検討してみると、騒音職場における事業者のその被用者下請工に対する安全配慮義務の内容としては、一応、右労働省の労働衛生のしおりに記されたイないしホの義務があるものとするのが相当である(これらの義務の比重・相互関係等については後に検討することとする。)。

そこで、以下、これらの義務と被告のとつた措置について検討する。

(五) 安全配慮義務の履行について

1  工程の変更及び作業内容の変更・改良について

(1)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(全般)

被告神戸造船案では、船舶を中心として、橋梁等鉄構製品、ディーゼルエンジン、原動機などの製品を製作してきたが、これら金属を加工して製品を作る場合には、ある程度の騒音の発生は不可避であり、特に船舶の建造については、かつては鉸鋲(カシメ)を中心として騒音作業の代表といつた観さえあつた。

我が国の造船界においては、各大学、官公立研究所、日本海事協会及び民間の造船会社によつて設立された造船協会(現日本造船学会)を媒体として造船各社間の技術交流を積極的に行い、共同で造船界全体の技術力の向上を図つてきた経緯があり、その結果造船各社の技術水準はほぼ統一され、また我が国の造船技術は最近では世界的にもほぼ最高位のものとなつている。

被告職戸造船所も、造船協会の発足当時からこれに参加し、造船協会の各委員会に社員を派遣してその活動に積極的に参画し、また右造船協会で得られる新技術をいち足く導入するなどして、我が国造船界における新技術の導入・開発については、トップレベルにあつたということができる。

(罫書き)

罫書きにおけるポンチングから自動罫書き又は罫書きの過程を省略した自動切断への転換、あるいはマーキングペン等を利用する罫書き法への移行

罫書きとは、鋼材に切断・加工・取付等のための印を書き込む作業である。

従来、各種部材の罫書きは、実物大の現図に基づいて定規や木枠等を作成し、これに沿つて鋼材に必要な点・線等をポンチで刻印してゆく、いわゆるポンチングという方法によつたが、この方法による罫書きは、主として屋内の作業場において、片手でポンチ(先端の尖つた棒状の工具)を鋼材の表面に当てて、片手でハンマーによつて打撃・刻印するものであり、その打撃音及びリズムをとるために鋼材本体を叩く音が発生していた。

その後、昭和三〇年代前半以降、縮尺原図から直接切断機を制御する方法や鋼板に直接投影・焼付する方法が開発されるとともに、あらかじめ表面処理(加工前処理)を施した部材が使用されるようになり、また罫書き自体もマーキングペン等を利用し、鋼材表面に直接書き入れる方法が採られるようになつたため、ポンチングによる罫書きはほとんど行われなくなつた。

被告神戸造船所においても、従来はポンチングによる罫書きが大勢を占めていたが、昭和三一年にモノポール切断機(縮尺原図をもとに、罫書き工程を省略して直接ガス切断を行う自動拡大切断機)を導入して実用化し、昭和三二年、三三年にも同機を増設した。また昭和三四年にはサーボグラフ(モノポール切断機と同旨のもので、主として小型部材を対象とするもの)を導入するなどした。もつとも、この段階では、モノポール切断機を用いた後、修正等のポンチングが必要とされていた。

続いて、鋼板の表面処理方法の変更によつて罫書きの方法自体にも変化が及んだ。すなわち、従来は、造船用鋼材は黒皮材(鋼材の圧延時に発生する酸化鉄の膜が付着したままの材料)が使用されていたため、ペイント等で鋼材表面に取付位置等を記入しても、工程の途中で黒皮とともに剥離し、消えてしまうことが多く、このため必然的に鋼材表面に傷をつけるポンチングによらざるをえなかつた。しかし、昭和三五〜三六年ころを境に、ショット材(ショットプラストにかけて黒皮を落とし、防錆塗装によつて表面処理をした鋼材)が使用されるようになり、書いた文字等は消えにくくなり、ポンチングを行う必要は相当減少したと思われる(もつとも、甲第一三一号証の一によると、昭和三七年一〇月当時、少なくとも鉄構工作課においては、ポンチ打ち作業が相当行われていたと認められる。)。

このため、昭和三六年ころには、ペイント書き及びすみつぼによる罫書きが行われていた。

昭和三七年に被告神戸造船所は、EPM(ELECTRO, PRINT MARK-ING SYSTEM 自動罫書き装置)を開発・実用化した。すなわち、これは、鋼板にあらかじめ感光処理を施し、そこに縮尺原図(ネガ)を拡大投影して現像処理する写真印画の原理を応用したものであり、切断面、取付等のすべてを鋼板上に転写することができるため、罫書き自体の必要性をなくした。

その後、昭和四五年にはNGガス切断機(原図を数値化し、電算機の制御によつて自動的にガス切断を行う装置)を導入した。

(切断)

切断における機械的切断(押り切り)からガス切断への転換

従来、大物部材については、シャリング・マシン(剪断加工機―圧力をかけて鋼板を押し切る装置)によつて切断し、その切断面の仕上げのために、エッ・ジ・プレーナー(縁削り盤、通称シカル盤―切断箇所をバイトで厚目に削り取つていく装置)を使用したり、圧搾空気を利用するニューマチック・ハンマー(チッピング・ハムマー)によるハツリを行つていた。このハツリ作業は相当の騒音を発するものであつた。

その後、昭和二〇年代後半に至り、ガス切断機の自動化及び性能向上がはかられたため、シャリング・マシンを用いることは少なくなつた。ガス切断は、可燃性ガスと酸素気流によつて鋼材を切断する方法であり、ガス切断で発生する音の主たるものは噴出音である(もつとも、甲第四六号証によると、ガス切断・加熱の騒音として九〇〜一〇〇ホンであるという資料がある。)。また、自動ガス切断機の場合には、作業員はガス噴出口からある程度離れた位置で作業する。

被告神戸造船所では、昭和二六年ころ半自動ガス切断機(一定速度で自走し、方向は手で自由に制御できるもの)を導入し、昭和二八年には全面的にガス切断を採用した。更に昭和二九年には、国産のフレーム・プレーナー(平行切断機―二本の平行したレールの上をガス切断機が自走し、平行部材を切断すると同時に、溶接のための端部形成を行う装置)を導入したので、これによりエッジ・プレーナーやチッピング・ハンマーによる端部処理の必要性がほとんどなくなつたものと思われる。

(曲げ加工)

曲げ加工におけるハンマー打撃又はピーニングからプレス又は線状加熱への転換

鋼材を必要な形状に曲げ加工するために、従来は、ローラーやプレスで粗曲げを行い、そのあとの仕上げに、鋼材の一部を加熱し、ハンマー(両手で持つて振る大型のもの)で打撃して形成する方法、あるいは加熱せずに圧搾空気を動力とするピーニング・ハンマー(両手で保持し、圧搾空気によつて先端の工具を高速でピストン運動させる動力ハンマー)により鋼板を連続打撃する「ピーニング」によつて成形する方法が広く用いられていた。これらの作業、ことにピーニングは相当の騒音作業であつた。

その後、ローラーや油圧(又は水圧)プレスの大型化、曲げ精度の向上がはかられ、鋼板を穏やかに押し曲げる方法が中心となり、定盤上での仕上げ工程が簡素化され、また、仕上げ工程においても、線状加熱又は点状加熱法(ガスバーナーによる加熱と注水冷却との温度差を利用する方法)が導入され、前記のハンマー打撃やピーニングが用いられることが少なくなつた。

被告神戸造船所においては、昭和三一年に六〇〇トンプレス、昭和三五年に一〇〇〇トン油圧プレスを導入し、これらによつて相当な部分の曲げ加工をプレスのみで終えられるようになつた模様である。また、昭和三〇年ころから本格的に線状加熱法を使用するようになつた。

これらによつて、昭和三五〜三六年ころには、曲げ加工の工程において、ハンマー及びピーニングの打撃音は減少し、これに代つて、ローラー、プレス等の運転音あるうは線状加然におけるガスバーナーの噴出音が主たる発生音となるようになつたとみられる(もつとも、ハンマー等による曲げ加工は簡便で手つとり早く作業者の意図にそう加工ができるという特徴があり、個々的には比較的遅くまで用いられた如くである。なお、前認定のとおり、甲第四、第一四、第四六号証によると、プレスの騒音として、一二〇〜一三〇ホン(水圧プレス)、八〇〜一一七ホン、八五ホン以上なる資料が存する。)。

次に、型鋼(フレーム)の曲げ加工についてみるに、従来、型鋼の曲げ加工は、加熱炉(むしほど)で加熱し、ジャッキを用いて定盤上に固定し、シキーザー(横押し水圧プレス)を用いて曲げた後、ハンマーで打撃し成形していた。昭和二五年ころには五〇〇トンプレスが導入され、昭和三〇年ころには押し曲げ治具が改良される等により、プレスのみで精度の高い曲げが可能となり、その結果、部材を焼き、ハンマーで成形するという方法を採る必要は少なくなつた模様である。

また、これら曲げ加工における変更等により、工場配置の面においても変化が生じた。すなわち、従来は、撓鉄工程は加熱炉を中心に撓鉄S棟及び山型T棟として集約されていたが、昭和二九年には外板の曲げ加工はA棟へ、鉄構関係の小物の曲げ加工関係はE棟へ、それぞれ移されるなど、工場各所へ分散配置されるようになつた。

(組立(接合))

接合における鋲接(リベット)から溶接への転換

従来、接合は鋲接の方法によつて行われていたが、鋲接においては、鋲を通すための穴明け、鉸鋲、鉸鋲後の鋲接簡所の隙間を埋める填隙(コーキング)の三段階の工程が必要であつた。

穴明けは、ポンチング・マシン(打ち抜き機)、ボール盤たれいはハンド・ドリル(動力は電気又は圧搾空気)を用いて行われ、いずれモ一定の騒音を発生する。

鉸鋲は、穴を明けた鋼材を重け合わせて熱した鋲を通し、圧縮空気を動力とするニューマチック・ハンマーを用いて鋲の一方を打撃してつぶす作業であるが、ここからは強大な騒音が発生していた。

填隙(コーキング)は、鋲接箇所のうち一定の部分について、水密・油密を確保するため、鋲接部の上板の縁を圧搾空気を動力とするコーキング・ハンマーによつて下板に密着させる作業であり、その発する音は鉸鋲作業に近いものであつた。

昭和二五年ころを境に、溶接工法が拡大され、鉸鋲に代るようになつたが、溶接の場合には鉸鋲はもとより穴明け、填隙の工程も不要とするものであつた。

溶接には、代表的なものとして電気溶接とガス溶接とがあるが、船殼建造に使用されているのは全て電気溶接であり、手動の溶接機のほか、作業員から離れて自走する自動溶接機も採用されている。

もつとも、諸般の事情から、接合作業の溶接化は一挙には進まず、被告神戸造船所の場合には、一隻の船舶の溶接率は、昭和二五年ころには46.5パーセント、昭和三〇年ころに92.3パーセント、昭和四〇年ころに99.7%と進展し、昭和四三年に至つて初めて全溶接船が進水した。しかしその後も、船主の要望その他により、和四四〜四五年ころまでは一部鉸鋲船が建造されていた。なお、電気溶接の騒音レベルに関する資料として前述のとおり甲第一七、第四六号証があり、八五〜八六ホン、八五〜九〇ホンとされている。

また、鋲接から溶接への転換に伴ない、作業場所についても変更が生じた。すなわち、鋲接が主であつた段階においては、切断・加工された各部材を一個ずつ船台又はドックに運び順次鋲によつてつぎ合わせていく方法が採られていたため、作業場所が船台に集中されていたが、溶接が中心となるに従い、地上であらかじめ鋼板を溶接して船殻の各部分を組み立て、ある程度の艤装を施した後、船台又はドックで各部品を組み合わせ、溶接するという工程になつたため、作業は分散し、船台における作業密度が減少した。

以上は、船殼建造における接合の転換であるが、船殼以外の分野においても同様の変化が生じた。製罐工場では、昭和二八年ころにはほとんど溶接に変つた模様である。

(仕上げ)

仕上げ等におけるチッピング・ハンマーによるハツリからアーク・エア・ガウジングやグラインダーへの転換

ハツリとは、不要部分を削り取る作業をいうところ、従来は圧搾空気を動力とするチッピング・ハンマーにより先端のタガネを高速で金属に打ち込む方法により行われていた。

ハツリは種々の工法において行われていたが、たとえば、突き合わせ溶接の場合には、いわゆる裏溝ハツリが行われていた。この裏溝ハツリも従来はチッピングハムマーによつて行われていたが、昭和三〇年代から、アーク・エア・ガウジング又はガス・ガウジング(放電の熱又は可燃ガスの燃焼により金属を溶かし、空気噴流で吹き飛ばす方法によるハツリに換えられていつたが、更に昭和五〇年前後には片面自動溶接法が導入され、次第に裏溝ハツリそのものの必要性が減少した。

チッピングハンマーによるハツリは、このほか各種切断面の面取り、溶接コブ等の不要部分の除去等にも用いられていたが、これらの面でもアーク・エア・ガウジング(又はガス・ガウジング)あるいはグラインダーによる仕上げに切り換えられていつた。

被告神戸造船所においては、昭和三〇年ころからガス・ガウジングを用い始め、昭和三三、三四年ころには、アーク・エア・ガウジングを購入してこれを用いるようになつた。

また、片面溶接法については、昭和三九年に手溶接によるFCB法を実用化し、その後も発展させ、昭和四一年には船殼のブロック板継ぎに溶接工場内で行うFCB片側溶接法を用いるようになつた。

そして、昭和四四年一〇月から、船殻工場では、作業環境改善施策の一環としてチッピングハンマーによる騒音絶滅対策に取り組み、外業課では昭和四六年一〇月には全面的にガス・ガウジング及びグラインダーによる仕上げに転換した。

(2) 工法等の変更と騒音

次に、これら工法等の変更と騒音との関係について検討する。

これら工法等の変更は、主としては、大型船舶の早期多数建造をめざすために、工数や作業時間を節減し、作業能率を向上させることを目的として行われたものであつて、騒音対策を直接の目途とするものではないと考えられる(もつとも、前記昭和四五年〜四六年に船殼工場で行われたハツリにおけるチッピングハンマーによるハツリの絶滅対策は騒音対策を目的とするものと認められる。)。

しかしながら、工法の変更等は必然的に騒音に関する変化をも伴うと考えられるので、この点については客観的に検討すべきである。

まず、切断におけるガス切断の採用により、前述のとおり、チッピングハンマー等による切断面の処理の必要が消失又は減少し、これに伴い騒音レベルも変化したが、ガス切断も一定の騒音を発し、そのレベルについては、前述のとおり九〇〜一〇〇ホンであるとの資料が存する。

次に、曲げ加工におけるハンマーやピーニングでは一〇〇ホン以上、場合によつては一三〇ホン程度の騒音を発していたとみられるが、これに代わるプレスについては、前述のとおりたとえば八五ホン以上等の騒音を発する旨の資料が存する。

更に、リベット、填隙は先にみたとおりおおむね一〇〇ないし一三〇ホン、あるいはそれ以上の騒音を発していたところ、溶接法への転換により、これらの騒音は減少したと思われるが、前述のとおり電気溶接でも八五〜八六ホン、あるいは八五〜九〇ホンの騒音を発生するとみられる資料がある。

また、仕上げにおけるチッピングハンマーによるハツリは、前記のとおりおおむね一〇〇ないし一一五ホンの騒音を発していたとみられるが、これに代わつたアーク・エア・ガウジングはたとえば八五ホン以上、グラインダーはおおむね九〇ないし一一〇ホン位の騒音を発する模様である。

なお、これら工法等の変更に伴い、生産量は飛躍的に増大したが、同時に作業の絶対量の増大、作業密度の程度の増大がもたらされたと考えられる。そして、このことが、工法等の変更に伴う騒音の減少にある程度マイナス要因になつたものと考えてよいであろう。

2 衛生面における被告の対策について

<証拠>によると、次の事実が認められる。

(1)  騒音測定について

被告は、昭和二〇年代の中ころから騒音の測定を実施してきたごとくであるが、昭和二六年に造船工業会衛生部会の調査に協力し、被告神戸造船所内の騒音を測定した。次いで、昭和二八年には、被告神戸造船所衛生課において騒音分析器一式(日本電子測器(株)製NA―1B型)を購入し、昭和三〇年ころから、被告神戸造船所の現場作業場の全般にわたつて、一定の測定点を設けて、毎年一回、最近ではより頻繁に、騒音測定を行つてきた。

右の測定にあたつては、昭和三三年までは環境衛生を担当する衛生課の課員が行つていたが、昭和三三年からは衛生管理士及び同補にも測定を行わせることとなり、衛生管理士補助員には騒音測定法についての教育も実施した。

このようにして得られた測定結果は、耳栓の支給・装着指導等にあたつて利用された。

(2)  聴力検査について

昭和二五年には、三菱神戸病院耳鼻科がオージオメーターを購入し、翌二六年には聴力検査のために同病院に防音室を設け、また同年に造船工業会衛生部会の調査に協力して、同病院において被告神戸造船所従業員の聴力検査を実施した。

更に、昭和二八年には、被告神戸造船所衛生課もオージオメーターを購入し、聴力検査を実施したごとくである。また、昭和三四年及び三六年には、集団聴力測定器を購入し、一定の聴力検査を行つた。

(3)  耳栓について

(耳栓の機能と効用)

昭和二〇年代前半までは、遮音効果にすぐれ、かつ実用的な耳栓が開発されていなかつたため、騒音作業従事者は綿、紙等を水でぬらすなどして耳につめたりしていたが、ともより十分な防音効果は得られなかつた。

昭和二〇年代後半に至り、恩地式耳栓が開発された。

次いで、昭和三〇年には耳栓の日本工業規格(JIS)が定められた(昭和三三年改正)。その内容の要点は次のとおりである。

(種類)次の二種類とする。

一種 低音まで全般的に遮音する耳栓

二種 高音だけを遮音する耳栓

(構造・形状)

(1)  耳によくなじみ、装着したとき著しい不快感がなく、使用中容易に脱落しない形状であること。

(2)  適当な箇所をひもで連結できる構造であること。

(材質)

(1)  普通の取扱いにおいて容易に破損せず、強さ、かたさ及び弾性が適当なものであること。

(2)  耐湿、耐熱及び耐油性をもつものであること。

(3)  皮膚に有害な影響を与えないものであること。

(4)  適当な消毒及び洗浄に耐えるものであること。

(遮音性能)

次表の値に適合するものであること。

周波数c/s

五〇〇

一〇〇〇

二〇〇〇

四〇〇〇

遮音値dB

一種

一〇以上

一五以上

二〇以上

二五以上

二種

一〇未満

二〇以上

二五以上

備考 二種一〇〇〇c/sの遮音値は、一五dB以下にするのが望ましい。

そして、同じ昭和三〇年に右JIS規格に適合するものとして、労研式耳栓が開発・販売されたが、被告神戸造船所では昭和三〇年からこれを購入し、作業者に支給したが、その遮音効果は、製造元のパンフレットによると次のとおりである。

耳栓支給個数表

年代

支給個数

昭和30年~32年

記録喪失

33年1月~同12月

3,393個

34年1月~同12月

5,101〃

35年1月~同12月

5,697〃

36年1月~同12月

9,907〃

37年  ~38年3月

記録喪失

38年4月~39年3月

3,912個

39年4月~40年3月

3,230〃

40年4月~41年3月

3,668〃

41年4月~43年9月

記録喪失

43年10月~44年3月

2,333個

44年4月~45年3月

6,515〃

45年4月~46年3月

6,088〃

46年4月~47年3月

9,528〃

47年4月~48年3月

4,465〃

48年4月~49年3月

5,897〃

49年4月~50年3月

2,049〃

50年4月~51年3月

3,596〃

51年4月~52年3月

5,080〃

52年4月~53年3月

6,165〃

53年4月~54年3月

4,641〃

周波数

五〇〇

一〇〇〇

二〇〇〇

三〇〇〇

JIS第一種型

一五dB

17.5dB

二七dB

三五dB

JIS第二種型

九dB

二〇dB

三二dB

三五dB

(耳栓の支給)

被告神戸造船所では、昭和二六年ころに恩地式耳栓(瀬戸物状の固いもの)を購入し、騒音作業従事者に支給したごとくである。

また、前記のとおり昭和三〇年には労研式耳栓を購入し、支給してきたが、その個数は次表のとおりである。

(支給基準)

被告神戸造船所では、八五ホン以上の騒音作業従事者に耳栓を支給することとした。

(耳栓の装着指導)

被告神戸造船所においては、以上のようにして支給された耳栓につき、前記事実摘示中、第三(抗弁及び被告の主張)一、(四)4(3)(耳栓の装着指導)の項において被告が主張するとおり、

(1)  衛生巡視(パトロール)

(2)  耳栓装着標識の掲示

(3)  三分間安全衛生教育(朝礼)

(4)  衛生保護具研修会(懇談会)

(5)  視聴覚教育

(6)  神船時報(被告神戸造船所の社内報)によるPR

(7)  全国労働衛生週間における行事

(8)  各種配布物

(9)  新入社員教育

等の各種の機会・方法を通じて、耳栓の装着について種々指導・啓蒙を行つた。

もつとも、以上は、主として本工を対象としたものと思われ、後に見るとおり、下請工・社外工については、本工に比し、耳栓の支給時期が遅れたり、必ずしも十分に支給されなかつたと認められる。

また、耳栓は数次の改良により次第に耳になじみやすく、装着しやすいものになり、またはずれにくいものになつてきたとはいうものの、それでもなお、不快惑があつたり、耳の皮膚が荒れたりして、常時完全に装置するについては困難な面があり、また作業に没頭したりしていると作業中にはずれて、直ちには装着し直すことが困難な面もあり、ときにひもが切れたりして紛失し、装着しえない場合もあつた。なお、前認定のとおり騒音は高周波数のものが特に有害であり、耳栓もまさに高周波数の音域に対して遮音効果が大になる構造になつているのであり、また、難聴も高周波音域の聴力がまず低下することから始まり、次第に会話領域等の低周波音域の聴力低下に進展するものであるところ、これらの点もあつて、被告側の耳栓装着指導にもかかわらず、作業者の耳栓の必要性に対する認識が不十分であることも窺えるのである。もとより、これらについては作業者の側にも責むべき点があり、これらは後述するとおり、いわば原告側の過失として慰藉料額の算定にあたり斟酌するべきであるが、被告としては右のような事情もくんだうえで耳栓の装着指導を徹底させる必要がある。ことに下請工関係に対するものまでも含めると、装着指導が万全なものであつたとはいい難い。

3 不可抗力の主張について

(1) ところで、被告は、前記工法の変更等によつて被告神戸造船所における騒音は著しく減少したものであり、かつ前記衛生面における対策ことに耳栓の支給及びその装着指導等をなしたものであるから、被告のとるべき措置としてはこれらで十分であり、これらの措置にもかかわらずなおかつ騒音性難聴が発生したとすれば、それは不可抗力であると主張する。

被告神戸造船所においてとられた工法の変更及び衛生面の対策は前認定のとおりであり、被告が一定の騒音性防止策を講じてきたことは明らかである。もつとも、前認定のとおり被告の工法の改善等は逐次行われたものであり、しかも、これら改善等が相当進行したと認められる昭和四八年、三〇年五二年、五三年における騒音の状況は前記第二、三、(三)において認定したとおりであつて、騒音性難聴を生ぜしめる騒音が消失したとはいい難い。

次に、耳栓についてみると、耳栓が製造元のパンフレットに記載されたとおりの遮音効果を有するとすれば、相当の減衰力を生ずるはずであるが、実際に右パンフレットのとおりの効用を発揮したと認むべき証拠は乏しく、JIS規格のとおりの効果があるとすると、たとえば四〇〇〇ヘルツの騒音に対しては二五デシベルの遮音効果があるので、一一〇ホンの騒音は八五ホンに減衰されることになるから、これを常時完全に装着すれば騒音性難聴は相当防止しうることとなる。しかしながら、耳栓を着用してもなお有害な騒音もあるのであるから、耳栓の効果にも限界があり、かつ、前認定のとおり耳栓を長年月にわたり常時完全に装着することには困難な面があり、しかもその責を作業者側のみに帰することは相当でない。

(なお、被告神戸造船所において前認定のとおり労災保険上相当多数の騒音性難聴者の認定が行われていることにかんがみると―労災保険の認定の実情は前認定のとおりであり、やや被害者救済を優先させる傾向がないではないが、この点を勧案しても―被告のとつた措置のみでは、なお十分でなかつたとしなければならない。)

右に検討したとおり、被告が騒音性難聴発生防止のために一定の措置をとつたことは認められるものの、これをもつて十分であつたとは認め難く、原告らに騒音性難聴が発生したとすれば、これを不可抗力によるものとはなし難い。

(2) 被告は、更に、各論における騒音によつて騒音性難聴に罹患したとしても、戦前・戦中という当時の特殊な情勢にかんがみるとき、被告としてはやむをえなかつたものであり、不可抗力として免責されるべきものであると主張する。

たしかに、当時は騒音対策の必要性もあまり喧伝されておらず、その対策方法にも限界があつたこと、戦時中はいわば国策として生産がいそがれたこと等は窺えるけれども、およそ人の身体の安全・健康はいかなる時代においても最も尊重されるべきものであり、かつ、弁論の全趣旨によると、当時は被告において騒音あるいは騒音性難聴についてほとんど何の配慮も払われていなかつたことが窺えるのであつて、これらの点をも考慮すると、被告の原告らに対する右時代の安全配慮義務の不履行あるいは侵害行為が全くの不可抗力であつて、被告に何らの責任をも免れさせるべきものであるとまではいい難い。

4 危険への接近の主張について

被告は、原告らは、いずれも被告神戸造船所が騒音職場であつて危険が存すること及び損害の発生を認識しながら、あえて被告神戸造船所又はその下請企業に就職して被告神戸造船所構内で稼働するに至つたり、あるいは右の危険等を認識しながら、あえて就労を継続したものであつて、不法行為責任に関しては違法性を欠き、債務不履行責任に関しても信義則上、原告らはこれによつて生じた被害を理由として損害賠償の請求をすることは許されないと主張する。

前認定にかかる被告構内の騒音状況及び難聴者発生の事実並びに後に各論において認定する事実に照らしてみると、原告らは、いずれも、被告構内においては一定の騒音があり、騒音性難聴に罹患する可能性のあることを、ある程度認識しながら、再びあるいは何度かにわたつて被告構内で就労するに至つたものと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

しかしながら、右の事情があるとしても、そのために被告が安全配慮義務違反又は不法行為に基づく責任を全く免れうるものと解すべきではない。右の事情は、原告らに対する慰藉料額を決定するうえで斟酌すべき一事由にとどまるものと解するのが相当である。

二不法行為責任について

(一)  原告らは、いずれも被告構内における騒音作業によつて騒音性難聴に罹患し、聴力障害を被つたと主張するのであるが、右の事実、すなわち、相当因果関係が是認される場合においては、原告らは、被告の行為によつて、その権利(身体・健康)を侵害されたものというべく、右侵害について被告に故意又は過失があるときは、原則として同時に右侵害は違法性を帯びるものと評価すべく、右侵害を正当化すべき事由(違法性阻却事由)が存しない限り、被告は、原告らに対し、不法行為を理由として、原告らの被つた損害を賠償すべき責任を負担すべきものである。

(二)  過失

既に第一(騒音性難聴)、第二(因果関係)において検討したところを踏まえて考察すると、被告は、その構内で就労する労働者の身体健康に危害(騒音性難聴の発生又は進行)を及ぼさないように万全の方策をとるべき注意義務を負うものといわなければならず、その注意義務の具体的内容としては、既に第三(被告らの責任)一(三)(安全配慮義務の内容)3と同一の注意義務を負つているものと解すべきである。

そして、被告に右注意義務を怠つた過失があるか否かは、第三、一で検討したところをも踏まえて、各論において、必要に応じ、各原告について検討する。

(三)  違法性の欠如を主張するが、既に検討したとおり、被告の侵害行為を正当化するほどのものとは認められず、右のうち原告らの危険への接近の事情は、損害賠償額の決定にあたり斟酌するのが相当である。

第四 時効について

一被告は、第一次的に、騒音性難聴は、騒音暴露開始後一〇年で完成し、以後は同レペルの騒音にさらされても進行しないことが医学上認められているとして、原告らが被告神戸造船所で就労を開始したときから一〇年で原告らの聴力障害は固定するから、右の時点から時効が進行し、債務不履行に基づく原告らの損害賠償請求権は、右の固定時から一〇年(就労開始時から二〇年)で時効により消滅し、不法行為による損害賠償請求権についても右の固定時から三年で時効消滅すると主張する。

しかしながら、前認定(第一、二)のとおり、騒音性難聴は騒音暴露後一〇年で固定する旨の見解もあるけれども、必ずしも一般的ではなく、一〇年経過後も緩慢ながら進行するというべきであり、また、一五〜二〇年でほぼ進行が停止するという説も有力であつて、音域によつてはその後も進行するとの見解も主張されているのであるから、これらの現代科学の状況にかんがみると、当裁判所としては、基本的には騒音性難聴を生ぜしめるような騒音(耳栓等による減衰効果を考慮したもの)が継続する限り、聴力低下の進行が完全に停止するとまで断定できないものと思料する。

二次に、原告らの中には、下請工又は本工として被告構内で一定期間就労した後一旦退職し、数か月又は数年経過してから再び下請工又は本工として被告構内で就労するに至つた者が少なくない(おおむね、戦前本工として働き、終戦のころ退職した者は戦後数年経過して被告構内で就労しており、また、戦後において下請を替つた場合には数か月位で再就労している者がない。)

これらの場合には、右の中途退職時において原告らと被告の契約ないしこれに準ずる債権関係は一旦終了するといわざるをえないから、安全配虜義務違反に基づく損害賠償請求権については、右中途退職の時点で聴力低下の認識がなく、賠償請求権を行使することが全く期待できないような特別の事情のある場合は格別、そうでない以上は、右中途退職以前の債務不履行に基づく賠償請求権の時効は右中途退職の時点から進行するものと解するのが相当である。

しかしながら、一旦中途退職した場合においても、先に検討したとおり、従前の騒音作業によつて引き起こされた聴力障害はそのまま存続するのであり、その後再び被告構内で就労し、再度騒音を受けることにより、その進行は次第に緩慢なものになつていくものの、再び聴力低下が進行していくのである。このようにして、最後の退職時又は騒音職場を最終的に離脱した時点で聴力障害が最終的に停止し、固定すると認められるのである。

したがつて、不法行為に関しては、数年間被告構内を離れていたような場合(先に述べたように終戦後に被告を退職して戦後昭和二五年ころに再び被告構内で就労するに至つたような場合)は別として、数か月のように比較的短い期間被告構内を離れた後、再び被告構内で就労し、再び騒音を受けたような場合には、不法行為としては断続的にではあつても全体として継続し、最終的に騒音職場を離れた時点で終了するものと解すべきであり、また被害者たる原告が損害を知つたときも、右騒音職場を最終的に離れ、症状が固定したときと解するのが相当である(これらの場合に、騒音の存在を認識しながらあえて再就労したことを慰藉料算定の際斟酌すべきであることは前述するとおりである。)。

三時効中断の再抗弁について

原告らは、被告が原告らの一部に対し、企業内補償金(障害特別補償金)を支払つたから、その時点で時効は中断されたと主張する。原告らが主張するのは民法一四七条三号の承認に該当すると主張するものと解されるところ、前述したとおり、右障害特別補償金は、原告らの損害からは控除すべきものであるけれども、あくまでも障害に対する補償としてなされるものであつて、原告らに対する安全配慮義務違反又は不法行為上の責任を認めて支給するものではなく、原告ら(の一部)に対し支払われたときも右同様であるから、右障害特別補償金の支払をもつて、被告が原告ら(の一部)に対する損害賠償請求権を承認したものと認めることはできない。

したがつて、原告らの時効中断の再抗弁は採用することができない。

四時効援用権の濫用の再抗弁について

原告らは、被告らが消滅時効を援用するのは援用権の濫用であると主張する。

たしかに、原告らが在職中に損害賠償請求権を行使することは、事実上、著しく困難であつて容易にこれを期待しうるものではないと窺われるが、そうであるからといつて、被告の時効援用が援用権の濫用であるということはできず、他にこれを濫用と認むべき証拠はない。

第五 損害について

一慰藉料

(一)  原告らは、難聴になつたことによる精神的苦痛に対する慰藉料のほか、再就職の途が閉ざされたことによる逸失利益相当分をも含めて、これらの合計額を慰藉料の名目で主張しているかのごとくでもあるが、再就職の途を閉ざされたことによる逸失利益そのものを慰藉料として算定するのは相当でないから、原告らの慰藉料請求は右の再就職の途を閉ざされたことによる逸失利益に相当する部分を含まないものと解すべきである。

(二)  慰藉料の算定にあたつては、原告らの聴力障害の程度を基礎とすべきである。

この点につき、被告は、労災認定において障害等級決定のために用いられる聴力測定のいわゆる六分法は障害の程度を正確に表示するものとしては不適切であると主張し3たしかに前認定のとおり六分法は日常生活に必ずしも大きなさしさわりのない四〇〇〇ヘルツをも含めた聴力損失値を表示するものであり、これを妥当でないとする見解もあるけれども、他方六分法をもつて妥当とする見解もあるのであり、労災認定の手続において長期間にわたり専門家の意見も徴したうえ、慎重な審議を行つた結果、現在の等級基準及び六分法の採用が決定されたものであるから、本件における慰藉料額決定の基礎としては、まず、右六分法によつて示される純音聴力損失値、語音最高明瞭度を基礎とすべきものである。

(三)  次に、その聴力障害のうち、騒音性難聴以外の他の原因、たとえば内耳、中耳等の疾患に基づく聴力障害があるとすれば、これらは当然除外して考察すべきである。

この点に関して、いわゆる加齢的要素の斟酌が問題となるが、先に第一(騒音性難聴)三において検討したとおり、原告らの聴力障害の中には部分的に加齢要素が含まれることは否定することができないから、本件にあつても、原告らの年齢を考慮し、損害額の算定にあたつて、右加齢要素を斟酌するのが相当である。

更に、原告らの聴力障害のうち騒音性難聴によると認められる部分についても、被告構内以外の他の職場・兵役等における騒音によつてもたらされたと認められる部分を控除するのは当然であり、また被告構内における騒音によつてもたらされたと認められる部分のうち、他の部分と截然と切り離されて時効によつて消滅したことが明らかな部分があるとすれば、該部分も控除すべきである。

(四)  危険への接近の斟酌

先に検討したとおり、原告らは、被告構内における騒音状況・騒音性難聴発生状況等をある程度認識しながら、あえて被告構内で就労するに至つたことがあり、これらには一定の技術を身につけた労働者としては生活のためやむをえないものがあつたという面はあるものの、やはり、慰藉料の算定にあたつては、右の事情を一の滅額事情として考慮するのが相当である。

(五)  過失相殺

先に第三(被告の責任)(四)2(3)において検討したところ及び後記各論において検討するように、原告らは、それぞれ耳栓の支給を受け、これらを着用していたのであるが、これらを常時、完全に着用して、自らの耳を防禦していたとは認め難い。これについては、耳栓が耳になじみにくい点もあること、ひもが切れたりして粉失することもあつたり、すぐ代替のものが手に入らないこと等々、原告らの責に帰しえない点も多いのであるが、原告ら労働者の側についてみても、耳栓使用によつて騒音性難聴を予防しあるいはその進行をくい止めることに対する認識が必ずしも十全でなかつたことも部分的には帰因していたという面も否定し難いというべきであるから、この点を慰藉料算定にあたつては斟酌するのが相当である。

二弁護士費用

債務不履行による損害賠償請求において、賠償請求訴訟追行のために要した弁護士費用を右不履行と相当因果関係のある損害として請求しうるかは、一の問題であるが、少なくとも本件のように安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求する場合には、その実質は不法行為に基づく損害賠償請求と近似するから、弁護士費用の相当因果関係についてこれを別異に扱う合理性を見出しえず、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求においても、右請求訴訟追行のために要した弁護士費用を安全配慮義務違反と相当因果関係を有するものとして請求しうるものと解すべきである。

弁論の全趣旨によれば、本件において、原告らが弁護士に訴訟追行を委任し、着手金及び報酬の支払を約したことが認められるところ、各原告ごとの弁護士費用は、本訴の難易、認容額その他の事情を斟酌して決定することとする。(各論)。

第六 損益相殺の主張について

被告は、原告らが受領した

① 障害補償一時金

② 障害補償年金

の各労災補償金

③ 障害特別支給金

④ 障害特別年金

の各特別支給金

⑤ 会社の上積補償金

を原告らの損害(慰藉料)から控除すべきであると主張するので、この点につき検討する。

一まず、①の障害補償一時金及び②の障害補償年金については、いずれも労働者の業務災害に関する保険給付の一である障害補償給付であるが(労災保険法七条一項一号、一二条の八第一項三号、一五条一項)、これら労働者に対する労災保険上の災害補償は、労働者の被つた財産上の損害の填補のためにのみなされるものであつて、精神上の損害の填補の目的を含むものではないから、前記①②の各労災補償金は原告らの財産上の損害の賠償請求権にのみ充てられるべき筋合のものであつて、原告の慰藉料請求権には及ばないものというべきである。したがつて、原告らが右各補償金を受領したからといつて、その全部ないし一部を原告らの被つた精神上の損害を填補すべきものとして認められた慰藉料から控除することは許されない。

二③の障害特別支給金及び④の障害特別年金については、労災保険法一二条の八に規定する保険給付ではなく、(したがつて、労働基準法八四条一、二項の適用もないと解される。)、労災保険法二三条の規定に基づき、政府が、労災保険の適用事業に係る労働者の福祉の増進を図るため、被災労働者の援護を図るために必要な労働福祉事業(同法一項二号)として行うものであり、労働者災害補償特別支給金規則(昭和四九年労働省令第三〇号)によつて、政府から支給されるものであるから、労働災害により労働者が被つた損害の填補を目的とするものではない。

原告らの損害額を算定するにつき、これを損益相殺等の法理によりその損害額から控除することはできないものと解するのが相当である。

三⑤の被告の支給した上積補償金の性格については<証拠>によれば、被告は、労働組合の要求に基づき、労災保険給付の不十分なところを企業が独自に上積み給付を行うことにより、これを補充するという考え方に立つて、昭和四七年七月一七日、業務上災害による障害見舞金制度を新設し、労災保険法に定める障害等級に応じた金員を支給することとなつたこと、その後、名称が障害特別補償金と変更されたこと、が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。したがつて、⑤は、労災保険法の災害補償給付(前記①②)の補充として行われるものであつて、その支給も右災害補償の等級に従つて行われるのであるから、これと同様の趣旨をもつものとして認けられたものであつて、そうとすれば前記のとおり、労災保険法の災害補償給付は労働者の被つた財産上の損害を填補するためのものと解される以上、会社の上積補償金も、また、同様のものと理解すべきであつて、精神的損害の慰藉料から控除するのは妥当でないと考える。

第二章 各論

(各原告の個別的事項)

〔1〕  (一―一)原告斉木福右衛門について

<証拠>によれば、次の一ないし三の各事実が認められ<る。>

一  経歴

明治四四年二月一日生

① 昭和七年一月〜八年一一月

兵役(歩兵第七〇連隊、専ら内地勤務)

② 昭和一二年四月〜二一年三月

三菱電機

但し③昭和一四年四月〜一六年二月

兵役 初年兵、補充兵教育に従事、その後外地(広東、ハイフォンなど)へ渡る。実戦はなかつた模様。

昭和二一年四月〜三〇年五月

土工として工事現場回り

④ 昭和三〇年六月〜三九年九月

松尾鉄工(昭和三三年合併により光合同となる。)(被告構内)

⑤ 昭和四〇年一月〜四〇年八月

神和工業(被告構内)

⑥ 昭和四一年一月〜五一年七月

三神合同(被告構内)

二  作業歴及び騒音状況

原告斉木は、被告神戸造船所構内で働いていた約二一年の期間中、一貫して、船殼課内業係に属し、船殼屋内作業場のA棟(現F棟)で、撓鉄工として働いた。

撓鉄工の仕事は、大別して機械撓増(水圧又は油圧のプレスを操作することによる曲げ加工)と定盤撓鉄(プレス等で曲げ加工された部材を定盤上で夏にバーナーやピーニングハンマーを用いて仕上げる作業)の二つのグループに分かれていた。もつとも両者の作業場所は近接している。

原告斉木は、昭和三〇年に入構した当初はキールベンダーの先手として、次いでプレス操作者の先手として働いたが、その後定盤撓鉄の仕事をするようになつた。

キールベンダーやブレスの操作はピーニングハンマー等の音に比すると、騒音レベルは小さい如くである。

定盤では、かつては主としてピーニングハンマーその他のハンマーによる撓鉄が行われており、ピーニングは特に相当の騒音を発する作業であつたが、昭和三〇年ころから線状加熱法が採り入られるようになり、またその後プレスの大型化も進められ、またピーニングは部材に傷を残しやすいこともあつて、後にはピーニングを使用しないように指導が行われるようになり、これらのことから、ピーニングが用いられることは次第に少なくなつていつた。

もつとも、ピーニングは手軽であり、しかも作業者が意のままに的確に曲げの修正を行えることもあつて、実際には、作業者の間では、相当遅くまで用いられていた如くである。

A棟に隣接する旧M棟(現E棟)、B棟(現G棟)では、M棟では小組立等の作業が、B棟ではガス切断、穴明け等々の作業が行われていたが、これらの隣接する棟の間に隔壁はなく、相互に音が響き合う状況にあつた。

また、原告斉木は、残業、夜勤作業も相当量行つた。

原告斉木は、三神合同に移つてからの昭和四一、二年ころに初めて三神合同から耳栓を支給された。それ以前に支給されたことはなく、自分で綿やチリ紙をぬらして耳につめたりしていたが、耳栓を支給されてからは、常時着用していたと述べている。

聴力検査は三神合同退職直前の昭和五一年に初めて受ける機会があつた。

三  聴力障害

(一) 原告斉木は、昭和四三、四年ころ(五七、八歳)から聴力の衰えを自覚するようになつた。

(二) 労災認定においては、純音聴力損失値(六分法)右耳四九デジベル、左耳五九デジベルの聴力損失があり、語音最高明瞭度は右耳七二パーセント、左耳七七パーセントで、障害等級は一〇級の三の二に該当すると判定された。

(三) 原告斉木については五枚のオージオグラムが存するところ、これらによつて示される聴力像は、原告斉木が騒音性難聴と認めるにつき矛盾するところはない。

四  因果関係

原告斉木が被告構内で受けた騒音状況は前認定のとおりであり、その期間(およそ昭和三〇年〜五一年)をも考えあわせると、原告斉木の難聴は主として被告構内の騒音によつて生じたものと認めるのが相当である。

五  被告の責任

(一) 前認定のとおり、原告斉木は、被告構内で就労した期間中、すべて下請工として稼働したものであるが、総論で検討したとおり、本件においては、被告は下請工に対しても安全配慮義務を免れず、また既に認定した事実によれば、被告は原告斉木の騒音性難聴につき債務不履行責任を免れないものといわなければならない。

(二) また、被告は、原告斉木の聴力障害について、不法行為責任も免れない。

六  時効

(一) 騒音職場就労後一〇年で聴力障害固定するとの主張に基づく時効の主張は、前述のとおり、聴力障害は騒音職場を最終的に離脱するまで固定するとは認め難いのであるから、原告斉木の場合には、右の点を理由とする被告の時効の主張は採用できない。

(二) 第二次的時効の主張について

被告は、原告斉木が神和工業を退職した昭和四〇年八月以降、原告斉木の聴力障害が増悪していないとして時効を援用するが、被告の右主張を認めるに足る証拠はない。

(なお、原告斉木は、④⑤の退職による中断があるが、既に検討したとおり、少なくとも不法行為による損害賠償請求権については、④⑤についても⑥と一体として⑥の退職時から進行すると解すべきである。)

七  損害

(一) 慰藉料

原告斉木の聴力損失値は前認定のとおりであるところ、その中に加齢的要素が含まれていることは否定し難いので、この点及び前記危険への接近、耳栓に関する過失相殺の点をも斟酌し、更に斉木本人尋問に現れた事情その他本件に現われた諸事情をも考慮すると、原告斉木の精神的苦痛に対する慰藉料は、金一五〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用

金一五万円をもつて相当と認める。

〔2〕  (一―二)原告山下数男について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一  経歴

大正元年一一月二八日生

① 昭和八年〜九年一二月

兵役(満州事変)

② 昭和一一年一〇月〜昭和二〇年九月

被告神戸造船所本工

但し③昭和一三年五月〜一五年七月

兵役(支那事変)もつとも、昭和一三年暮に負傷し、内地送還された。

④ 昭和二三年一〇月〜四五年四月

被告神戸造船所本工

⑤ 昭和四五年八月〜五〇年八月

三神合同(被告神戸造船所構内)

二  兵歴、作業歴及び騒音状況

(一) 兵役

原告山下は、二度にわたる兵役で、いずれも実戦に参加した。

(二) 被告構内

1 昭和一一年一〇月〜二〇年九月(兵役期間を除く。)

原告山下は、右の期間、山型T棟において、ハンマー等を用いて船舶用アングルの背切り作業を行つた。

当時は、戦時体制下でもあり、作業量も多く、騒音も相当のものであつた。

2 昭和二三年一〇月〜二八、九年ころ

原告山下は、戦前同様山型T棟で1と同様の作業に従事した。

戦後当初の時期は、作業量も少なく、趣音レベルも必ずしも大ではなかつた。

3 昭和二八、九年ころ〜三〇年六月

原告山下は、E棟において、水圧プレスによる鉄塔用アングルの曲げ加工に従事した。

4 昭和三〇年六月〜

原告山下は、昭和三〇年六月二〇日、作業中に左手親指切断の災害にあつたので、その後亜鉛鍍金場(H棟)に配置換となり、昭和三二年ころまで、仕上げ工程で亜鉛鍍金のタレをヤスリでこすり落す作業に従事した。

5 昭和四〇年ころ〜

原告山下は、撓鉄山型工に変り、昭和四三年八月ころまでG棟南側の屋根のない所で、主としてガスバーナーを用いた鉄骨関係の歪取り作業をした。原告山下は前述のとおり左手親指を切断していたためほとんどガスバーナーを用いて作業をしたが、時にハンマーを用いたこともないではなかつた。

6 昭和四三年八月から昭和四五年四月三〇日

SA棟及びSXヤードで同様の作業に従事した。

7 昭和四五年八月〜五〇年八月

三神合同に入社したが、(六)の同じ場所で同じ作業に従事した。

8 原告山下は、昭和三〇年代に耳栓の支給を受けた。

三  聴力障害

(一) 原告山下は、昭和一三年の兵役の際には伝令として野戦に参加したが、上官の命令が聞きにくいことがあつた。

(二) 原告山下は、たびたび病気で治療を受けているが、耳の病気のことが多かつた模様である。また、昭和二六年ころ耳の痛みを覚え、内耳炎と診断されたこともある。更に、昭和四〇年に三菱神戸病院で検査を受けた際、既応症として右中耳炎と記載され(本人の申告か)、臨床所見として右真珠腫、両混合性難聴、とされた。

(三) 原告山下は、労災の手続において、平均純音聴力損失値右耳五五デジベル、左耳五五デジベル、語音最高明瞭度右耳三七パーセント、左耳五二パーセントと判定され、旧基準による障害等級一一級の四に該当するものと認定された。

関西労災病院では、聴力検査の結果、「側頭首X線、検血、検尿、梅毒反応および鼓膜所見は特に異常なし、平衡機能検査にても内耳性障害を思わす所見は少ない。」との検査結果を得、「感音性難聴(両)、騒音作業、聴力像などにより騒音性難聴も考えられる。なお浮動感に関しては高血圧もあり、内科的に精査中である」としたが、その後、右内科から「難聴と高血圧との関係については、それ程大きく影響しているとは考えられない」旨の報告を得たため、騒音性難聴として前記認定に至つた。

(四) 原告山下に関しては、①昭和四〇年(被告衛生課)、②同年(三菱神戸病院)、③四三年(被告衛生課)、④四四年(①③)と同じ)、⑤五〇年(湊川耳鼻咽喉科医院)、⑥五一年(西診療所)、⑦五一年(関西労災病院)、⑧同年(⑦と同じ)の八回の検査の結果(オージオグラム)が与えられている。これらをみると、同じ被告衛生課の①③④の結果では、右耳のみやや低下が深化していること、②は右耳の気導聴力のみ著しく低く、特異な結果になつていること。⑦⑧のオージオグラムを見ると、四、〇〇〇ヘルツの低下が他の音域に比し必ずしも大きくないこと、したがつて②を除くオージオグラムでは、騒音性難聴の可能性が低いといえる点が多いわけではないが、左右差、気導・骨導普がほとんどなく、感音性難聴と判断できるのであつて、前記(三)の関西労災病院の「騒音性難聴も考えられる。」とした判定も是認できないではなく、右検査結果からは、騒音性難聴と認めるに妨げとなるものではない。

四  因果関係

以上の事実によつてみると、原告山下の場合、昭和一一年一〇月に被告構内で就労して比較的年月を経ていない昭和一三年からの兵役の際現に聴力低下を感じていること、兵役があること、中耳炎あるいは内耳炎を患つたこともあるなど疑問の点もあるが、兵役、耳の疾患等によつて聴力障害をきたしたものとも認め難く、他方、被告構内の長期間の就労によつて騒音を受けたことは前認定のとおりであるから、これらを総合勘案してみると、原告山下の聴力障害は、昭和二三年一〇月以降被告構内の作業によつても生じた騒音性難聴によるものと認めるのが相当である。

五  被告の責任

(一) 被告は、原告山下につき、下請工時代も含め、安全配慮義務を負担するものと解すべきであり、かつ被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。戦前の就労についても不可抗力とは認め難い。

(二) また、被告は、原告山下につき、不法行為による損害賠償責任も免れない。

六  時効

(一) 被告は、第一次的に、いわゆる一〇年進行停止説に基づく時効を主張するが、採用し難い。

(二) 次に、昭和二〇年九月以前の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権は、その後三年にもわたつて被告の職場を離れており、かつ右以前に聴力障害の認識があるので、右時点から時効が進行し、いずれも時効完成によつて消滅したと解される。

七  損害

(一) 慰藉料

原告山下の前記聴力障害の程度は、新基準によると障害等級九級に該当するところ、右の程度から時効等によつて消滅した昭和二〇年九月以前の分(約七年―原告山下の前記状況からすると、右の部分が相当大であると認められる。)を控除し、次に加齢要素、危険への接近、耳栓に関する過失相殺事由を斟酌し、原告山下本人尋問に現れた原告山下の苦痛本件に現れた諸事情を考慮すると、原告山下に対する慰藉料は、金八〇万円をもつて相当と認める。

(二) 弁護士費用

金八万円をもつて相当と認める。

〔3〕  (一―三)原告村上忠義について

<証拠>によれば、次の一ないし三の各事実が認められ<る。>

一  経歴

大正二年一一月二七日生

① 昭和三年四月〜一五年八月

大阪鉄工所(現日立造船)因島工場の取付工、溶接工。但し昭和七年までは下請工、昭和八年から本工

② 昭和一五年九月〜二二年

兵役(歩兵)中国、シンガポール、ニューギニアを転々とした。

③ 昭和二二年七月〜二五年一〇月

占部(山陽)造船所田熊工場で溶接作業に従事。但し、昭和二三年五月までは下請工、その後本工となる。

④ 昭和二五年一一〜二六年五月

播馬造船所 溶接作業

⑤ 昭和二六年八月〜三二年一〇月

宇津原鉄工所(被告神戸造船所構内)

⑥ 昭和三二年一一月〜五一年一一月

三神合同(同右)

但し昭和五〇年七月に現場を離れる。

二  作業歴及び騒音状況

(一) 被告神戸造船所入構以前

①の大阪鉄工所の時代には、昭和九年までの六年間取付工として稼働したが、鉸鋲の騒音も経験した。その後、①のうち昭和九年から一五年まで、及び③④の二二年から二六年五月ころまで(合計約一〇年間)は、溶接工として各地の造船所に勤務し、造船所における騒音を受ける機会があつた。

(二) 被告神戸造船所入構後

一方、被告神戸造船所構内では、昭和二六年ころから五〇年まで約二四年間働いたことになるが、この間原告村上は一貫して作業責任者(総ポーシン、後には職長)の地位にあつた。

原告村上のような作業責任者は、元請との打合せ、職人の手配、監督等の事務が比較的多く、溶接の指導・監督等のために現場で作業したり、作業員と共にいることもあつたが、主としては、騒音の低い現場事務所において前記の作業をしていた。

三  聴力障害

原告村上自身は、昭和四〇年ころから聴力低下を自覚するようになつたとしているが、昭和二八年に宇津原鉄工に勤務した当時既に、原告村上はやや耳が遠いと感じた者もあつた。

原告村上は、昭和五二年五月、平均純音聴力損失値右四二デジベル、左四八デジベル、語音最高明瞭度右七〇パーセント、左七二パーセントとして、障害等級一〇級の三の二と認定された。

四  因果関係

以上の事実が認められる。しかしながら、前認定のとおり、原告村上は、被告入構以前約一六年間にわたり他の造船所で取付工、溶接工として騒音作業に従事したのに対し、被告入構後は、もっぱら作業責任者として、主として騒音の少ない現在事務所で稼働したのであるから、これら原告村上の作業歴等にかんがみると、原告村上の聴力障害は、被告神戸造船所構内における就労に基づくものと認めることはできず、むしろ右以前の就労によるものというべきである。

五  結び

そうすると、原告村上の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないものである。

〔4〕  (一―四)原告藤本忠美について

<証拠>によると、次の一ないし三の各事実が認められ<る。>

一  経歴

大正九年三月一五日生

① 昭和一二年四月〜一四年四月

逸見鉄工所 溶接作業

② 昭和一五年〜一七年

久保田鉄工所を通じ、主に大阪ガス神戸下場で配管及びその修繕作業に従事

③ 昭和一七年四月〜一八年四月

徴用により第一一海軍工廠において飛行機発動機のシリンダーのガス溶接作業に従事

④ 昭和一八年四月〜二〇年一〇月

第一二海軍工廠で同種の作業に従事。但し、二〇年八月の終戦後はもつぱら後片付。

⑤ 昭和二一年四月〜二四年又は二五年

三菱鉱業崎戸鉱業所(長崎)で鉱夫として、採炭、仕繰等に従事。

⑥ 昭和二五年ころ〜二八年

近藤組又は近藤鉄工所、次いで原初鉱工所を通じ被告神戸造船所構内で働く。

⑦ 昭和二九年ころ

杉田工業所(日本油脂兵庫工場内)で溶接作業に従事。

⑧ 昭和三〇年〜五一年九月

宇津原鉱工所、次いで三神合同を通じ被告神戸造船所構内で働く。

二  作業歴及び騒音状況

(一) 被告神戸造船所以外における騒音被曝経験について

まず、①の逸見鉄工所は、焼玉エンジンなどを製作する工場で、比較的小さな建屋の中で一五人位が働いており、周囲ではカシメ、コーキング、ハンマーによる曲げ加工等が行われていたが、町工場であり、造船所のような騒音はなかつたと認められる。

次いで、③④の第一一及び第一二海軍工廠(約三年間)においては、飛行機のエンジンの試運転が行われることもあり、一定の騒音を受けていたと認められる。

次いで、⑤の三菱鉱業所において鉱夫として三年ないし四年稼働しており、原告藤本はさしたる騒音はなかつたと供述するが、一般に炭鉱内は騒音レベルが高く、難聴者の発生率も高いのであつて、原告藤本も一定の騒音を受けたものと認むべきである。

(二) 被告構内

原告藤本は、約二四年位の間被告神戸造船所の構内において下請工として、主として電気溶接作業に従事した。その作業場所は、当初は船台又は定盤であり、その後は製罐工場であつた。

電気溶接作業自体は、他の作業に比べると騒音レベルは必ずしも高くはなく(甲第一七、第四六号証によると、おおむね八五〜九〇ホン)、また、作業の性質上相当神経を集中して行うべき作業であり、また、ハッリと同時に行うと溶接割れが生じたりするものであつたが、それでも、船台では鉸鋲等の騒音があり、製罐工場、定盤等においてもハツリや溶接のコブ取りの音があつて、被告構内で就労した約二一年の間、一定の騒音にさらされていたというべきである。

原告藤本は、昭和四〇年前後ころに耳栓の支給を受け、装着するようにしていたが、作業のために耳栓のひもが切れたりするなどして装着できないことも少なくなかつた。

三  聴力障害

(一) 原告藤本は、昭和四二、三年ころから他人から耳が遠いことを指摘されるようになり、昭和四六、七年ころからは耳鳴りが始まり、苦しんでいるが、退職前には労働組合の役員をしていたこともあり、これらの役職がつとめられないということはなかつた。

(二) 原告藤本は、昭和五二年五月、平均純音聴力損失値右耳三三デジベル、左耳三八デジベル、語音最高明瞭度右耳六〇パーセント、左耳六七パーセントと判定され、障害等級一〇級の三の二と認定された。

(三) 原告藤本については、昭和五二年の聴力検査にかかる三枚のオージオグラムが存するが、これらによつて示される聴力像は、原告藤本の聴力障害を騒音性難聴と認定するうえで妨げとなることはない。

四  因果関係

こうしてみると、原告藤本は、被告神戸造船所内において約二四年位の間、一定の騒音を受けたと認められるが、他方被告構内以外においても八、九年位は一定の騒音環境の下にあつたと認められるのであつて、原告藤本の難聴の原因としては、被告構内以外の場所における騒音も相当影響しているものというべきであるが、被告構内における騒音との因果関係を否定することはできない。

五  被告の責任

(一) 原告藤本の行つていた溶接作業は、総論においてみたように、被告が溶接長と溶接時間を決め、これを下請工が達成するといつた形態で行われ、他の作業に比べると下請会社の裁量権が若干はあつた如くであるが、それでも基本的には被告の職制の指揮監督の下に置かれていたと認められる。

そうすると、原告藤本に生じた騒音性難聴(被告構内における騒音作業によつて生じた部分に限られる。)につき、被告は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。

(二) また、被告は、不法行為に基づく損害賠償責任も免れない。

六  時効

(一) 被告のいわゆる一〇年進行停止説に基づく時効の主張は、採用できない。

(二) 昭和二八年以前の債務不履行または不法行為による損害賠償請求権は、その後二年間も被告の職場を離れており、既に時効により消滅しているものと認めるのが相当であるが、被告は右時効を主張・援用するところがないけれども、慰藉料算定について事情として考慮することとする。

七  損害

(一) 慰藉料

原告藤本の聴力損失の程度から、被告構内以外の就労によると認められる部分及び加齢的要素によると思われる部分を控除し、危険への接近、耳栓に関する過失相殺事由をも斟酌し、原告藤本本人尋問に現れた本人の苦痛その他本件に現れた諸事情を考慮すると、原告藤本に対する慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(二) 弁護士費用

金一〇万円をもつて相当と認める。

〔5〕  (一―五)原告田中太重について

<証拠>によれば次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

明治四一年一二月二六日生

① 昭和五年一月〜六年六月

兵役

(岡山歩兵第一〇連隊)

② 昭和九年七月〜二〇年八月

被告神戸造船所臨時工(昭和九年一〇月まで)、次いで、本工(右以降)。潜水艦船台で穴明作業に従事。

③ 昭和二五年七月〜二七年一二月

金川造船

④ 昭和二八年七月〜二九年一月

金川造船

⑤ 昭和三〇年七月〜三四年八月

金川造船、三神合同

⑥ 昭和五三年一一月〜五一年四月

三神合同、豊起工業

⑦ 昭和五二年二月〜五三年三月

豊起工業

以上③〜⑦、いずれも被告神戸造船所構内

⑧ 昭和五三年九月〜

宇津原鉄工所(被告構外)

二 作業歴及び騒音状況

(一) 戦前

戦前の約一一年間の本工(臨時工)時代はエアードリルを用いて、鋼板にリベット(鋲)を打ち込むための穴を明ける作業をしていたが、当時の潜水艦建造は人海戦術で作業を行つており、また作業場所が狭いため、穴明作業と鉸鋲(カシメ)、コーキング作業は同じ場所で行われており、穴明作業員は鉸鋲、コーキング作業者にも曝される状況であつた。特に潜水艦は外板と耐圧殼の二重構造になつているため、外板と耐圧殼との間における作業が多く、内部での作業音は反響により、船台周辺や外側での作業に比べ数段高い状態であつた。しかも戦時中のことでもあり、作業者は作業に追われる状態であつて、労働時間においても、労働密度においても、苛酷な条件下にあつた。

(二) 戦後

原告田中は、戦後も一貫して穴明工として働いた。その作業は、エアドリル、電気ドリル、エアグラインダーを用いて穴明け、皿取り、仕上げ等である。

前記③④の期間は、船台及びその周辺、L型クレーン下、建造船の外側等であるが、船台上での作業は必ずしも多くはなかつた。④の時期には造船部鉄工場係に応援に行き、橋梁・鉄塔等の穴明けに従事することもあつた。

右の船台上における周辺作業として、鉸鋲、コーキング作業があり、船台又はその周辺でも相当高度の騒音があつた。また、L型クレーン下も船台ほどではないにしても、一定の騒音があつた。

次に、⑤の時期は、鉄構課F、G棟等で鉄塔等の穴明作業に従事した。この時期には、鉄構関係の接合は、鉸鋲からボルト締めに替りつつあつた時代であり、ボルト締めの場合にはリベット、コーキングがないから同じ穴明け作業でも周辺音が少いのであるが、この時期はなお鉸鋲による接合も残つており、一定の騒音があつた。

その後、昭和三八年ころからは、船殼課内業のB棟、D棟等において穴明け作業に従事した。

原告田中は、昭和三三年ころから耳栓の支給を受け、これを装着するようになつた。

三 聴力障害

(一) 原告田中は、昭和二五年ころに既に親族等から耳が少し遠いのではないかと指摘されたりすることもあつたところ、原告田中自身も昭和三〇年すぎ、ことに三五年ころには人の話声が開き取りにくくなつたことに気づいた。なお、原告田中本人の認識としては、その後も症状が増悪していると考えている。

(二) 原告田中は、昭和五一、二年に労災手続において、純音聴力損失値左右耳とも五三デジベル、語音最高明瞭度右耳五二パーセント、左耳五七パーセントとして、障害等級九級と認定された。

(三) 原告支中の昭和五一年における検査のオージオグラム及び右労災認定の結果からすると、原告田中の聴力像は、騒音性難聴と認めるうえで妨げとなるものではない。

四 因果関係

原告田中は、戦前約一一年と、戦後は途中少しずつ途切れることもあつたが、約二七、八年間、被告神戸造船所に働いていたものであるところ、騒音作業に従事した期間は戦後の方が長期であるが、受けた騒音レベルそのものは戦前のものも相当大であると認められ、戦前における騒音で既にある程度の聴力低下をきたしていたところ、戦後の騒音被曝によつて一層進行したものとみるのが相当である。そしてまた、聴力低下の進行過程等に照らすと、戦前の騒音作業によつてもたらされた部分が相当大きいものがあるというべきである。

五 被告の責任

(一) 原告田中は、戦後は一貫して下請工として稼働したものであるが、既に総論の項で検討したとおり、被告は、下請工に関しても安全配慮義務を負うものというべきである。

また、被告は、戦前の状況について不可抗力を主張するところ、既に総論において検討したとおり、不可抗力とまでは認め難い。

(二) 被告は、原告田中に対し、不法行為による責任も免れない。

六 時効

(一) 被告は、いわゆる一〇年進行停止説に基づき、あるいは二〇年で聴力低下の進行が停止するとして時効を主張するが、いずれも採用し難い。

(二) 次に被告は、昭和二〇年八月からの時効を主張るところ、原告田中の場合、戦前における被告の債務不履行ないし不法行為と戦後におけるそれとの間には五年の間隔があり、この程度の期間が空いた場合にはこれらを別個のものとして考察するのが妥当であり、そうすると、昭和二〇年八月以前の責任は、債務不履行に基づくものも不法行為責任も、既に時効により消滅したと認めるのが相当である(なお、戦後の③から⑦までの就労については、既に総論で検討したとおり、少なくとも不法行為責任に関する時効は⑦の退職時から進行すると解される。)。

七 損害

(一) 慰藉料

原告田中の聴力障害の程度(但し、戦後の稼働にかかると認められる部分に限る。)、に加齢要素、危険への接近、耳栓に関する原告の過失を斟酌し、原告田中本人尋問の結果によつて認められる状況その他本件に現れた事情を総合すると、原告田中に対する慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(二) 弁護士費用

金一〇万円をもつて相当と認める。

〔6〕 (一―六)原告佐々木次郎について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一 経歴

大正四年九月二六日生

① 昭和九年一〇月〜二〇年九月

川崎重工業 本工

但し、昭和一一年六月〜一八年一月は兵役なので、これを除く約四年四か月である。

② 昭和二三年〜二五年

川崎重工業 臨時工

③ 昭和二五年〜三〇年ないし三一年

桑畠興業(川崎重工業 下請)

④ 昭和三一年三月〜三五年

神和工業(当時の社名富士産業―被告神戸造船所構内)

⑤ 昭和三五年七月〜三六年一月

桑畠興業(川崎重工業 下請)

⑥ 昭和三六年一月〜五〇年一二月

東亜外業(被告神戸造船所構内)

⑦ 昭和五二年三月〜同年六月

有限会社近畿工業所

⑧ 昭和五三年七月〜五五年一二月

野村病院

二 作業歴及び騒音状況

(一) 被告神戸造船所入構前

原告佐々木は、①の期間、訓練の後、電気溶接工として稼働したが、その作業場所は、兵役前の一年七月は主に製罐工場、銅工場、船台等であり、兵役後の約二年八月は主に銅工場であつた。

当時の川崎重工業では、当時の造船技術水準もあつて、船台その他では鉸鋲、コーキング等が行われ、また、特にその後半は戦時下ということもあつて軍用船を中心に船舶の建造が急がれ、実働時間が延長されたうえ残業等も多いという状況にあつた。耳栓の着用はなかつた。もつとも、造船業における戦前の生産能力と戦後の生産能力とでは自ら相違があり、戦前の作業密度等は右生産能力の差を考慮して判断すべきものと思われる。

次いで②、③の時期であるが、原告佐々木は、②の時期は川崎重工業構内で主として修繕船の溶接作業に従事し、③の時期のうち通して約二年余、川崎重工業構内において船台、組立場、定盤等を転々として溶接作業に従事した。

この③の時期には、川崎重工業のほか、佐久間ダム建設工事、高槻市におけるガスタンク組立等の作業にも従事したが、佐久間ダムの建設工事では送水管の溶接作業に従事した。

また、③のうち、一時期は宇津原鉄工を通じて被告構内で働いたこともある。

(二) 被告神戸造船所構内

原告佐々木は、④、⑥の期間約一九年間にわたつて、被告の構内で溶接工として稼働したが、船台、ブロック組立場、船殼屋内工場等で溶接作業に従事した。

もつとも、⑥の途中からは目を悪くして、船台での仕事は少なくなり、更に昭和四四、五年ころからは隅肉溶接といわれる作業に従事することが多くなつた。

前述のとおり、溶接自体の音は他の作業に比べると比較的小さいが、おおむね八五〜九〇ホンとなつている。また、船台等においては当初は鉸鋲とこれに基づく騒音があり、溶接が多くなつてからはハツリ等による騒音があつた。ハツリもチッピングハンマーからアーク・エア・ガウジングやガス・ガウジングに変つていつたが、一定の騒音はあつた(甲第四六号証によると、アーク・エア・ガウジングの騒音は八五ホン以上とされている。)。

原告佐々木は、昭和三七年ころには耳栓の支給を受けて装着していた。

三 聴力障害

(一) 原告佐々木は、昭和三七、八年又は昭和四〇年ころから他人から聴力低下を指摘されるようになり、同四四年ころからは他人の話が聞きにくくなり、同四七、八年ころからは他人と正面から向かい合わないと話が聞きとれないようになつた。

なお、原告佐々木は、昭和四二年に中耳炎で治療を受けたことがある。

(二) 原告佐々木は、昭和五二年労災手続において聴力検査の結果、平均純音聴力損失値右四一デジベル、左四二デジベル、語音最高明瞭度右八二パーセント、左七二パーセントと判定され、障害等級一〇級の三の二と認定された。

(三) 原告佐々木に関しては、昭和五一年の検査にかかるオージオグラムが四枚あり、これら及び語音明瞭度検査を総合すると、疑問がないではないが、原告佐々木の聴力像を騒音性難聴と認定するうえで妨げとなるものではない。

四 因果関係

以上認定の事実によると、原告佐々木は、約一一〜二年位川崎重工業構内等で稼働し、その後に被告構内で二〇年近く就労したことになる。そして、被告構内における作業も騒音作業であつたと認めるべきであるが、騒音性難聴の進行過程の特徴にかんがみると、川崎重工業構内等における騒音作業によるものも相当含まれているというべきである。

五 被告の責任

(一) 被告構内で就労した期間、原告佐々木は一貫して下請工として稼働したものであるが、既に検討したとおり、本件においては、被告は下請工に対しても安全配慮義務を負うべきものであり、かつ被告が右義務を完全に履行したとは認め難いから、被告は、原告佐々木に対し損害賠償責任を免れない。

(二) 被告は、原告佐々木に対し、不法行為責任をも免れない。

六 時効

被告はいわゆる一〇年進行停止説に基づき、消滅時効を主張・援用するが、採用し難い。

七 損害

(一) 慰藉料

原告佐々木の前記聴力障害から川崎重工業の騒音作業によつて生じたと認められる部分及び加齢的要素と認むべき分を控除し、危険への接近、耳栓着用に関する事由をも斟酌し、原告佐々木本人尋問の結果に現れた事情等を斟酌すると、原告佐々木の精神的苦痛に対する慰藉料は金八〇万円をもつて相当と認める。

(二) 弁護士費用

金八万円をもつて相当と認める。

〔7〕 (一―七)原告中野真一について

<証拠>によれば、次の各一ないし三の事実が認められ<る。>

一 経歴

明治四五年一月二〇日生

① 昭和三年四月〜一〇年五月

河野建築工務店

② 昭和一八年四月〜二三年八月

内海造船所

③ 昭和二三年八月〜三〇年七月

久住嘉平(川崎重工業下請)

④ 昭和三一年二月〜三二年六月

野田浜鉄工(被告構内)

⑤ 昭和三二年七月〜三七年五月

被告臨時工

⑥ 昭和三七年六月〜四四年四月

被告本工

⑦ 昭和四四年六月〜五一年七月

三神合同(被告構内)

(被告入構前の経歴について)

乙第一〇〇号証(被告における原告の人事カード)には、業歴として、昭和一八年四月から昭和二三年八月まで内海造船所(取付工)、昭和二三年八月から同三〇年七月まで、久住嘉平(川重下請)(取付工)なる記載があり、右の期間原告中野が造船所において取付工として稼働したかに見えるところ、この点につい、原告中野本人は、内海造船所の分は、造船工場の建物の新築工事に行つたものであり、久住は、その配下で建築関係の仕事をしていたものであつて取付工として稼働したものではないと供述しており、その真偽は判然としないところがあるが、一定期間造船所の構内で稼働した経験を有することは否定し難いと認められる。

二 作業歴及び騒音状況

原告中野は、被告構内において約二〇時間稼働しているが、当初の野田浜鉄工時代は主として旧A棟、B棟東側のクレーン下等で、型鋼の整理作業に従事した。

次いで昭和三二年七月に臨時工になつてからは撓鉄S棟あるいはL型クレーン下で型鋼の整理作業のほか曲げ加工及び歪取りの作業も行つていた。また、罫書きの先手をしていたこともある。

右の曲げ加工等は、それ自体相当の騒音を発生するが、S棟やL型クレーン下(屋外)は、全体として一定の騒音があつたと認められる。

その後、時点に不明確なところがあるが、昭和四一年ころR棟が新設されてから型鋼に関する作業はB棟に移り、原告中野は主として型鋼の罫書き作業に従事するようになつた。罫書きは墨を用いるものが多かつたが、ポンチングによる罫書きも一定量行われた。

もつとも、総論で認定したとおりその後罫書きの方法が変わり、次第にポンチングは行われなくなつた。

原告中野は、昭和三七年六月に本工となつてから耳栓の支給を受けて使用していたが、昭和四三年ころに新型のものと取り換えられた。

三 聴力障害

(一)  原告中野は、被告構内で就労するようになつて後徐々に聴力の低下を意識するようになつたが、昭和四〇年ころには人と向かいあつても他人の話声が聞きとりにくくなつた。

(二)  原告中野は、労災申請の手続の結果、純音聴力損失右85.3デジベル、左38.5デジベル、話音最高明瞭度右〇パーセント、左八〇パーセントと判定され、昭和五一年一月障害等級九級の七(一耳の聴力を行く失つたもの)と認定された。

(三)  ところで、原告中野は、その時期は判然としないが、右耳の中耳炎を患い、治療したが、現在鼓膜に穴があいており、聴力検査の結果によつても左耳に比し、右耳が著しく低く、右耳は、中耳炎等による伝音系の難聴と認められる。

原告中野は、中耳炎に罹患したのは、騒音のため耳が聞こえなくなり、耳を強くかいたためであつて、被告の騒音と因果関係があると主張するが、仮に右のような事情があつたとしても相当因果関係を肯認することはできない。

中耳炎に罹患するまでに、騒音性難聴にかかつていたとすれば、その時点までの損害が観念されうるけれども、右のように認定すべき証拠がない。

(四)  次に左耳であるが、オージオグラムの形態及び騒音聴力検査結果は、典型的な騒音性難聴とやや異なつているが、右耳と異なり中耳その他の疾患歴も認められないし、中耳その他の疾患による難聴の型を示すともいえない。(そして、甲第一一七号証の一、二(関西労災病院の診断)では、左感音性難聴を認める、とあり、また左耳の聴力像は騒音性難聴であるとしている。)。また、原告中野の年齢からすると老人性難聴は考えられるけれども、前記聴力検査の結果がそれのみを示すものとも断じ難い。そうすると、原告中野の前記履歴に照らすと、原告中野の難聴は、騒音によるものである蓋然性が最も高く、しかも前認定の事実に照らすと、被告構内での騒音に帰因しているのが大であるといわざるをえない。また、その聴力障害は、退職時まで進行していると認められる。

四 因果関係

以上のとおり、原告中野の聴力障害は中耳炎による伝音性のものであつて騒音性とは認め難いが、左耳の聴力障害は騒音性難聴と認められ、かつ被告構内の就労による部分が相当大であるというべきである。

五 被告の責任

(一)  原告中野は、被告会社の下請工として稼働した期間もあるが、総論で検討したとおり、右期間についても被告は安全配慮義務を負うものと解すべく、かつ被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。

(二)  被告は、原告中野に対し、不法行為責任をも免れない。

六 時効

被告は、いわゆる一〇年進行停止説に基づき、また実際にも原告の聴力は一定時以降低下せず、低下したのはもつぱら加齢要素によるものであるとして、これを理由に消滅時効を主張・援用するが、前認定のとおり原告中野の聴力低下は進行し、かつそのすべてが加齢要素によるものとも認め難いから、被告の主張は採用できない。

七 損害

(一)  慰藉料

原告中野は、労災等級九級の七と認定されたが、左耳は前記のとおり純音聴力損失38.5デジベル、語音最高明瞭度八十パーセントぇあつて、障害等級一四級の二の二に該当するものである。右程度に、さらに被告構内以外の騒音によつて生じた分及び加齢的要素の分を控除したうえ、原告本人尋問の結果によつて認められる事情その他の事情を斟酌すると、原告中野の精神的苦痛に対する慰藉料は、金二〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金二万円をもつて相当と認める。

〔8〕 (一―八)原告横矢役太について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実ば認められ<る。>

一  経歴

明治四〇年五月二三日生

① 昭和三年四月〜一五年五月

川崎重工製鈑工場(現在の川崎製鉄葺合工場)

② 昭和一五年六月〜同年一〇月

被告臨時工

③ 昭和一五年一〇月〜三八年五月三一日

被告本工(但し、昭和三七年六月以降は特別嘱託)

④ 昭和三八年六月〜五〇年四月

三神合同(被告構内)

二  作業歴及び騒音状況

(一)  被告入構以前

原告横矢は、①の期間(一二年間)、主として圧延作業に従事した。圧延作業の騒音レベルとしては、八五〜一〇〇ホンなるデータがあり、また、製鉄所全体としては七〇〜一二〇ホンなる測定結果が存し、また、当時原告横矢は耳栓を支給されていなかつた。原告横矢自身は被告構内の騒音より低いと認識しているが、相当程度の騒音に被曝されていたことは、否定できない。

(二)  被告構内

1  原告横矢は、被告構内において、つごう約三五年間稼働しているが、昭和一五〜二二年ころは鉄機械工場のD棟で、鉄機械工として働いた。

その作業内容は、

① 主として、ジンブルで山型材の歪取り作業に従事していたが、このほか

② 丸鋸による山型鋼材、H型鋼材の切断

③ マークレスポンチ、一号ポンス等による鋼材の穴明け

④ 水圧アングルカッターによる鋼材の切断

等の作業を行つていた。

ジンブルの発する音は、造船所構内の他の騒音に比べると、さほど大きな音ではないが、ジンブルの空転音は「大きい音―走行中の国電の中ぐらいの音」とされている。

丸鋸は、旧式のものは、高速回転による摩擦熱によつて山型鋼材等を切断するものであり、切断の際の騒音は鋲打ちよりも高いものであつたが、戦後はあまり使われることがなくなり、代わつて通称「電気鋸」と呼ぼれる装置が導入されたが、これは丸鋸よりも騒音は小さい。なお、右電気鋸と同一であるかどうかは疑問の余地があるが、電気丸鋸について八五ホン以上の騒音を発する旨の資料が存する(昭和五三年)。

当時の周辺作業としては、鉄砲によるハツリの音、水道鉄管の歪直しのハンマーの音等があり、騒音は、相当のものであつたが、戦後は仕事量が減じたため騒音もある程度減少したと思われる。

2  次いで、昭和二二年ころ〜二八年ころ、原告横矢は、鉄機械工場B棟で、大台切を用いて鉄板の切断作業を行つた。この作業では、切断音、鉄板が下に落下する音などを発する。

周辺音として、①シカル盤での面取り、②小台切り、③ポンス穴明け等による騒音があつたが、①はいわば鉄のカンナであり、相当の音を発すると認められる。

3  昭和二八年ころから四〇年ころまでは、鉄機械工場D棟、F棟で、ジンブルによる型鋼の歪取り作業を、次いで船殼課S棟でジンブル作業及び一五〇トンプレスによるスカラップ抜き等の作業をした。

周辺作業として、型鋼の歪取り、曲げ加工及び小組立、整理等が行われていたところ、次第に工法の変更は進み、また、原告横矢はS棟の開口部の近くで作業をしていたが、なお比較的高度の騒音の近くにいたと認められる。

4  昭和四一年から五〇年までは、船殼課R棟(現内業課A棟)において、ジンブル作業等に従事した。

周辺では型鋼のマーキング、曲げ加工、歪取りが行われていたところ、R棟は他と切り離された型鋼専門の工場であり、他の工場に比すると騒音の程府は低い如くであるが、昭和五二年の測定結果として、現A棟は、80.5、85.6、61.2ホンとするものが存する。

原告横矢は、昭和二七、八年ころ耳栓の支給を受けて使用したが、原告横矢は耳が痛くなり、十分使用できなかつたごとくである。昭和三三年ころ新しい型の耳栓の支給を受けて使用してきた。

三 聴力障害

(一)  原告横矢は、在職中に聴力検査を受け、少し耳が遠くなつていると指摘された。

(二)  原告横矢は、労災手続において、平均純音聴力損失値右耳四二デシベル、左耳五七デシベル、語音最高明瞭度右耳六〇パーセント、左耳六二パーセントと判定された。

(三)  原告横矢のオージオグラム、語音聴力検査結果は、原告横矢の障害を騒音性難聴と認定する妨げとなるものではない。

四 因果関係

原告横矢の騒音性難聴の原因としては、川崎製鉄の騒音による部分も含まれると解されるが、同所の騒音は造船所の騒音よりは低いものと考えられるのであつて、被告構内における騒音に帰因する部分も相当あることを否定できない。

五 被告の責任

(一)  被告は、原告横矢につき、下請工の期間も含め安全配慮義務を負担するものというべく、かつ被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。

なお、戦前戦中の騒音作業も、不可抗力とは認められない。

(二)  被告は、原告横矢に対し、不法行為責任も免れない。

六 時効

(一)  被告は、いわゆる一〇年進行停止説に基づき、また聴力障害の進行が二〇年継続するとしても、として、これを理由に消滅時効を主張・援用するが、いずれも採用し難い。

(二)  被告は、また、③の退職時昭和三八年五月三一日から時効が進行すると主張するが、③④の就労は継続しており、④の時期においても原告横矢は騒音を受け、これによる聴力低下が全く存しなかつたとは認め難いのであるから、被告の右時効の主張も採用し難い。

七 損害

(一)  慰謝料

原告横矢の聴力障害の程度から被告構内以外の騒音によると思われる部分及び加齢要素の部分を控除し、危険への接近、耳栓使用に関する事情をも斟酌したうえ、原告横矢本人尋問に現れた同原告の苦痛その他の本件に現れた事情を総合すると、金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金二〇万円を以つて相当と認める。

〔9〕 (一―九)原告図師一雄について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一  経歴

明治四二年五月六日生

(1) 大正一五年四月〜二〇年五月

甲板員

(2) 昭和二三年六月〜二九年一〇月

宮下木材(株)

(3) 昭和三二年六月〜三四年五月

清水木材(株)

(4) 昭和三四年六月ころから数か月間

藤原船舶興業(株) 臨時工(被告構内)

(5) 昭和三五年中ころ〜三八年四月

(株)宮家組 臨時工(被告構内)

(6) 昭和三九年初めころ〜五二年三月

藤原船舶興業 臨時工、次いで本工(昭和三九年一一月から)

但し、昭和四一年八月二日に労災事故のため受傷し、その後入院を経て、昭和四四年四月から退職までは道具番として勤務

二  作業歴及び騒音状況

(一)  被告入構以前

原告図師は、①の甲板員時代(約一九年)には、デッキでの錆落し、錆打ち、ペンキ塗り等をし、また戦時中は徴用船に乗つていたが、徴用船には機関砲も塔載されていた。

一破に船舶内の騒音は、小型船舶で機関室九〇〜一〇〇ホン、居住区で七五〜九〇ホン程度で、かなりのものであるが、居住区のものは低周波に勢力があるので、かなりしのぎやすい。但し、船舶内では、勤務外でもいわば二四時間にわたつて騒音にさらされている結果になることが指摘されている。

(2)(3)の木材工場の時期(あわせて約八年間)には、製材工として帯のこ盤による作業に従事した。

帯鋸の騒音は、ある資料では八〇〜一三〇ホンで、その音型は高音部に主勢力があるとされ、他の資料では最高一〇〇ホンを超え、スペクトルも高周波型であり、騒音によると考えられる聴力低下は事例中の70.8パーセントであつたとされている。

(二)  被告構内

1  原告図師は、前記④⑤⑥(⑥の労災事故まで)約六年余り、主として修繕船の掃除作業に従事した。

右の作業は、修繕船のタンク、ビルジ等の掃除、あるいはスケラを用いてする「錆落し」等が主であつた。原告図師の働いた宮家組及び藤原船舶興業は、掃除を主として請負う業者で、塗装はほとんどしていなかつたから、塗装の前作業として行われる「錆打ち」(スケーリングハンマー及びエアサンダー等を用いる。)はあまり行わなかつたが、ビルジ等について錆打ちを行うこともあり、原告図師は前記①の甲板員時代の経験もあつて、錆打ちをすることもあつた。掃除及び錆落し自体は、著しい騒音を発する作業ではなかつたが、錆打ちはそれ自体相当の騒音作業であつた。

原告図師の作業は、船底で行われるため、反響による騒音があり、また、修繕のための他の作業との混在による騒音もあつた。すなわち、掃除作業はもともと修繕作業の前後に行われるものであり、また危険を避けるため他の作業と同時に行わないようにされてはいたが、それでもなお、他の作業との混在は避けられなかつたので、他の作業との混在による一定の騒音があつたことは否定し難い。

2  原告図師は、昭和四一年に労災事故のため受傷し、入・通院をした(ところで、原告図師(本人)は労災事故が一応治癒してから道具係になるまで、一時通院しながら従前と同じ作業をしたと供述するが、判然としない。)。

昭和四四年四月からは道具係として、被告構内の南端にある藤原船舶の倉庫で、道具の保管・受渡し・修理等の作業をしたが、右の場所及び作業は、騒音の少ないものであり、これによつて難聴を生じ、あるいは聴力障害の進展があつたものとは認め難い。

原告図師は、昭和四四年に道具番になつてから後に耳栓の支給を受けた。

三 聴力障害

(一)  原告図師は、昭和三七、八年ころから耳が悪くなつたことを自覚したが、これとほぼ同じ昭和三八年ころ他の者が同原告の難聴に気づいており、仲間から「つんぼの図師」と呼ばれることもあつた。

(二)  原告図師は、労災の手続においては、時効のため保険が不支給となつたが、昭和五二年に関西労災病院において行われた三回の検査結果を単純に平均すると、純音聴力損失値右耳57.5デシベル、左耳58.4デシベル、語音最高明瞭度右耳五五パーセント、左耳四三パーセントとなる。

(三)  原告図師の聴力像を示すものとして、昭和五二年における検査結果が四点(うち三点は前記関西労災病院のもの)存するが、これによると、二〇〇〇ヘルツ以上の高音域がそれ以下よりもやや低下しているものの、全体としてほぼ全音域にわたりほぼフラットに五〇〜六〇デシベルの低下をみせている。この聴力像は、騒音性難聴の典型とはやや異なるが、進行の進んだ場合にはこのように全音域にわたつて低下するとの見解もあり、右聴力像は、原告図師の聴力障害を騒音性難聴と認めることを妨げるものと解されない。

四 因果関係

以上の点からすると、原告図師の難聴は騒音性のものと認定すべきであるが、製材所時代の騒音によつて生じた部分と被告構内におけるそれとによつて生じたものとがあると考えられる。

五時効

以上の事実に照らしてみると、原告図師は、昭和四一年八月二日に労災事故により受傷して以来、騒音職場を離れ、以後難聴を生ずべき騒音を受けたことは認められない。すなわち、右時点をもつて被告の安全配慮義務の不履行及び不法行為は終了したものというべきである。そして、原告図師は、右以前に自己の聴力が低下したことの認識があるから(また、右昭和四一年八月二日より後騒音作業に従事していないこと、すなわち、右時点で騒音作業が終了したことも認識していたはずである。)、右昭和四一年八月二日から時効が進行し、債務不履行及び不法行為のいずれについても原告図師の損害賠償請求権は時効によつて消滅したものである。

そして、被告は、右時効を援用している。

六 結び

そうすると、原告図師の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由なきに帰する。

〔10〕 (一―一一)原告高橋一雄について

<証拠>によれば次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一  経歴

明治四三年九月二二日生

① 昭和一九年〜二〇年八月

兵役(舞鶴海兵団、第二美保航空隊に所属)

② 昭和二四年一〇月〜二九年六月

被告 日雇

③ 昭和二九年〜三〇年一二月

松尾鉄工(被告構内)

④ 昭和三一年一月〜三七年一二月

金川造船(昭和三二年一一月から三神合同となる)(被告構内)

⑤ 昭和三八年三月〜三九年九月

三神合同(被告構内)

⑥ 昭和三九年一〇月〜四二年六月

嶋産業(被告構内)

⑦ 昭和四二年六月〜四三年七月

山陽工業(被告構内)

⑧ 昭和四四年一月〜四五年四月

近藤工業所(被告構外にある金川造船構内)

⑨ 昭和四五年一〇月〜四六年一一月

三協鉄工(被告構内)

⑩ 昭和四七年二月〜四九年八月

神和工業(被告構内)

⑪ 昭和四九年一〇月〜五一年七月

協神工業(被告構外にある金川造船工場内で就労)

もつとも、右のうち、③及び⑥については、甲第五四号証の一一(供述録取書)中に、右の如き記載はあるものの、原告高橋本人の供述でも不明確なところがあり、右の期間被告構内で就労したことについては、若干疑問がないではない。

二  作業歴及び騒音状況について

原告高橋は、被告構内において、つごう一六年余りないし二一年余り稼働したことになるところ、その作業場所及び作業内容について原告高橋本人の供述するところは不明確な部分が少なくなく、捕捉し難いのであるが、その前半はS棟、A棟等でキールベンダーの先手として稼働し、手持ハンマー、ニューマチックハンマー等による曲げ加工の作業にも従事した。キールベンダーの作業自体は、鋼板が曲がる際に音を発する位でさしたる騒音作業ではないが、撓鉄関係の周辺騒音は相当なものであつたと認むべく、また、ニューマチックハンマー、手持ハンマーの騒音、ことに前者は著しいものであつた。

次いで、原告高橋は、昭和三二年ころからは、外業関係に転じ、L型クレーン下、東又は西の組立定盤、船台(進水後の甲板等)等で、主としてガスバーナーを用いる歪取りの作業に従事したが、ハンマーを用いる作業に従事したこともあつた模様である。

その後、時点は判然としないが、鉄構工作課において、G棟その他で鉄構関係の歪取り作業に従事した。

次いで⑩の神和工業時代には内業課のE棟その他で歪取りを行つた。

原告高橋は、昭和三五年ころ、三神合同から耳栓を支給され、装着していたところ、作業中にはずれることもあつたが、作業の途中で直ちに装着し直すことができないこともあり、また耳栓を紛失等して請求しても、在庫がないためすぐ支給されないこともあつた。

三  聴力障害

(一)  原告高橋は、比較的早い時期に聴力低下を意識し、また他の同僚も原告高橋の聴力について同様の認識をもつていた。

(二)  原告高橋は、昭和五二年労災申請の手続において、平均純音聴力右耳五九デシベル、左耳九〇デシベル、語音最高明瞭度右耳六五パーセント、左耳〇パーセントと判定され、騒音性難聴も否定しえないとして、障害等級七級の二と認定された。

(三)  原告高橋については、二枚のオージオグラムが存するところ、左右の耳の聴力差が著しい。一般に各人の耳の騒音に対する適応力も左右である程度の差がないとはいえないから、騒音性難聴による聴力低下につき左右差が全くないとはいえないにしても、右の差に照らし、また左耳の聴力像に照らすと、少なくとも左耳については、そのすべてが騒音性難聴とはいい難い。

四 因果関係

以上認定の事実によつてみると、原告高橋の聴力損失のうち、左耳の聴力損失のすべてが騒音性難聴によるものであるとすることはできない。

しかしながら、他方、被告構内における騒音被曝歴は長期にわたつており、兵役を除くと他にさしたる原因も認め難く、また原告高橋の場合には中耳炎等の疾患があるとも認め難いので、右耳の聴力損失と同一の限度では、被告構内における騒音によつて生じた騒音性難聴であると認むべきである(もっとも、前記一⑧の金川造船構内の騒音によつて生じたと認むべき部分は被告の書証から控除すべきである。)。

五 被告の責任

(一)  原告高橋は、ほとんど下請工として被告構内で稼働したものであるが、被告は原告高橋に対しても、安全配慮義務を免れないものというべく、かつ、前認定の事実に照らすと、右義務を履行したとは認め難い。

(二)  被告は、原告高橋につき、不法行為責任をも免れない。

六 時効

(一)  被告は、いわゆる一〇年進行停止説に基づき時効を主張・援用するが採用し難い。

(二)  次に、被告は、⑤の退職時である昭和三九年九月から時効が進行すると主張するが、やや判然としないところがあるものの、ひきつづき⑥⑦と被告構内で就労しており、またその後もしばしば退職、再入構をくり返しているが、総論で検討したとおり、少なくとも不法行為責任に関しては、最終的に騒音職場を離れた時点から時効が進行するものと解すべく、被告の右主張も採用し難い。

七 損害

(一)  慰藉料

原告高橋の聴力損失程度(前認定のとおり左耳も右耳と同一の限度の障害とする。)から被告構内以外の騒音による部分及び加齢要素を控除し、危険への接近及び耳栓使用に関する事情を斟酌したうえ、原告高橋本人尋問の結果により認められる同原告の苦痛その他本人に現れた事情を総合すると、原告高橋の慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と認められる。

(二)  弁護士費用

金二〇万円をもつて相当と認める。

〔11〕 (一―一二)原告松田次郎作について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

大正五年八月二四日生

①昭和一四年八月〜一六年五月

日本製粉製米所

② 昭和一六年八月〜一九年ころ

被告臨時工あるいは徴用工

③ 昭和二〇年一月〜同年八月

兵役(鹿児島において鉄道工事)

④ 昭和二一年一月〜五〇年一〇月

被告本工(昭和四七年四月まで)、雇用延長期間(昭和四九年一〇月まで)、再雇用(嘱託)延長期間(昭和五〇年一〇月まで)

二  作業歴及び騒音状況

(一)  被告入構以前

①の日本製粉において、原告松田は、製米機から出て来る米を俵で受ける作業をしていた。

(二)  被告構内

1  原告松田は、②の期間、撓鉄S棟において板撓鉄と呼ばれる外板曲加工に従事した。この時点では、ハンマーの打撃やピーニング・ハンマーによる修正がなく、相当の騒音であつた。

2  次いで、昭和二一年一月から、撓鉄S棟において型撓鉄と呼ばれる型鋼(アングル又はフレーム)の曲加工作業に従事した。右の作業は、型鋼を炉で焼いてスキーザー(横押しプレス)で押し曲げ、最後に歪取りをする作業であるが、原告松田は、主として、押し曲げ等の際に型鋼を固定するためジャッキーを打ち込む作業に従事した。

型鋼の曲加工の周辺では、当初は同じS棟内に板撓鉄の作業場があり、その騒音があつたが、昭和二八年末ころには板撓鉄の作業場が旧内業A棟(現内業F棟)に移設された。

また、型撓鉄の工法において、プレス等の改良により、ハンマー等を用い、ジャッキやピンで型鋼を固定する作業も減少した。

また、船舶建造法が溶接工法に変るに伴ない、型鋼面をハンマーで仕上げる作業も減じていつた。

3  その後、原告松田は、クレーンマンに変り、玉掛けや運搬作業に従事するようになつた。ここでは従前よりは騒音は小さいと云われるが、それでも一定の騒音が存した。

4  昭和三九年三月ころからは、B棟においてフレームプレーナー専属の玉掛け作業に従事するようになつた。

5  更に、昭和四五年ころから四七年ころまで胃かいよう等の治療のため休業し、退院後はC棟(旧U棟)、G棟(旧B棟)等でフレームプレーナーやEPMの油さし等の軽作業に従事した。

6  原告松田は、昭和三二年ころに耳栓の支給を受け、着用した。

三 聴力障害

(一)  原告松田は、昭和四〇年の聴力検査によつて既に右35.8デシベル、左51.7デシベルの聴力損失があるとされ、その後四一年、四三年、四四年、四七年、五二年二月、三月、四月と合計八回の聴力検査を受けている。

この間は、検査の誤差もあつてか、数値の出入りはあるものの、(1)四〇年、(2)四三、四四年、(3)四七年、(4)五二年に分けて見ると、(1)から(2)は数値の上ではやや軽減しているが、(3)、(4)と悪化していることがほぼ見てとれる。

また、原告松田の聴力には左右差があり、かつ左耳のオージオグラム上一〇〇〇ヘルツよりも二〇〇〇ヘルツの方が聴力がよいものとあること、左耳に気骨差があることなど、疑問がないではないが、左右差も極端なものではなく、左右のオージオグラムも全体としてはおおむね騒音性難聴の特徴を備えている。

なお、原告松田につき、耳の疾患等があるとは認め難い。

(二)  そして、労災手続においては、純音聴力損失値右42.5デシベル、左57.1デシベル、語音最高明瞭度は右67.59パーセント、左45.0パーセントと判定され、障害等級九級の六の二と認定された。

四 因果関係前認定の事実によつてみると、原告松田の聴力障害は、両耳とも騒音性難聴と認むべく、かつ、もつぱら被告構内における騒音に因するものと認めざるをえない。

五 被告の責任

被告は、原告の聴力障害につき、債務不履行責任及び不法行為責任を免れないというべきである。

六 時効

(一)  被告は、騒音被曝一〇年あるいは二〇年により症状が固定することを前提に時効を主張・援用するが、採用し難い。

(二)  原告松田は、昭和一九年ころに一旦被告を退職しているので、右以前の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したと解される。

しかしながら、不法行為による損害賠償請求権は、原告が損害を知つたときから進行すると解されるところ、原告松田が進行しつつあつた聴力低下を最終的に知つたのは、早くても退職後と考えられるから、時効はいまだ完成していない。

七 損害

(一)  慰藉料

原告松田の聴力障害の程度から、加齢要素、危険への接近、耳栓使用に関する事情も斟酌し、原告松田本人尋問に現われた同原告の苦痛、その他の事情を総合すると、金一五〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用

金一五万円をもつて相当と認める。

〔12〕 (一―一三)原告井村正一について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

大正六年二月二〇日生

①昭和六年四月〜一二年一二月

昭和一七年二月〜二〇年三月

昭和二〇年九月〜三〇年一一月ころ

いずれも松帆鉄工所(原告井村の家業)

② 昭和一三年一月〜一七年二月

昭和二〇年三月〜同年九月

いずれも兵役(歩兵中隊)

③ 昭和三一年一月〜同年七月

金川造船(被告構内)

④ 昭和三一年七月〜三六年一一月

被告 臨時工

⑤ 昭和三六年一二月〜五〇年一〇月

被告 本工(但し、昭和四七年一一月一日以降は雇用延長及び嘱託)

二  作業歴等及び騒音状況

(一)  被告入構以前

1  松帆鉄工所における就労

原告井村は、右①の期間約二〇年間、家業である右鉄工所で働いたが、同所では木造船の金物の製造、鋤・鍬・鎌等の製造。修理「いりこ」を煎じる缶(かま)の製造等のため、鉄を熱してハンマーでたたくことが中心であり、また、鋲やアングル材をたたくこともあつた。

松帆鉄工所では、原告井村とその父のほかに常時一、二名を雇つて作業していた。

鉄工所の騒音に関連する調査結果として、製罐作業・その他の作業、鍜治作業、従事者に騒音性難聴が見られた旨の報告がある。

2  兵役

原告井村は、前記期間二回にわたり兵役につき、歩兵隊中隊に属した。前者の期間については、満州及び中支に赴き、実戦を経験し、銃や砲の音に曝された。

(二)  被告構内

1  昭和三一年ころ〜三六年ころ

原告井村は、右の期間、船殼課S棟内の型撓鉄作業場において、型僥鉄の曲げ加工及びそれに伴う歪取り等の作業に従事した。

原告井村の周辺では、ハンマーによるジャッキ打撃の音その他の音があり、部材をトンボする音、プレスやジンブルの音等があつた。

2  昭和三六年ころ〜四〇年ころ

この期間、原告井村は、船殼課旧A棟及び旧B棟で、外板加工の機械撓鉄に属し、板曲げ、穴明け、皿取り等の作業に従事した。

穴明け(皿取り)の作業には錐を研ぎに他の場所へ赴いたが、船台近くを通るため、船台の騒音にも曝されることがあつた。

ピーニングは用いないように指導されていたが、夜勤の折にピーニングを用いることもあつた。

3  昭和四〇年ころ〜五〇年一〇月

この期間、原告井村は、S棟、旧R棟で、再び型撓鉄の作業に従事した。

なお、R棟は、他の工場と仕切られた型鋼専門の独立工場であり、他の工場と比べ騒音は低いが、昭和五二年七月の測定によると、80.5〜91.2ホンという測定結果が得られている。

4  原告井村は、昭和三三年ころ耳栓の支給を受け、ほとんど常時装着していたが、はずれたり、夏など耳がただれたりしたために着用しないこともあつた。

三 聴力障害

(一)  原告井村は、昭和三六年ころに耳にガンガン響くような感じがした。昭和四三年ころ聴力検査を受けたところ、少し耳が悪いといわれた。その後昭和三九年ごろ妻からも指摘され、聴力の低下を自覚するようになつた。

(二)  原告井村については、昭和四二年、四四年、四六年、五二年(三回)の六回の聴力検査によるオージオグラムが与えられており、これらは、原告井村の聴力損失を騒音性難聴と認めるうえで特に妨げとなるものではない。もつとも、右の期間を通じて原告井村の聴力損失値は時期を追つて逐次低下が正確に進行しているとは必ずしもいえないが、この点は測定者その他測定の条件の違いもあり、このことから原告井村の聴力障害が早い段階で固定したとは断定できない。

(三)  労災認定における原告井村の聴力(昭和五三年八月)は、平均純音聴力損失値右耳三五デシベル、左耳三八デシベル、語音最高明瞭度右耳八二パーセント、左耳七五パーセントであり、障害等級一一級三の三に該当するものと認定された。

四 因果関係

前記原告井村の聴力像、騒音状況等に照らすと、原告井村の聴力障害は、騒音性難聴によるものであると認められる。

そして、原告井村は、松帆鉄工所における作業及び兵役中にもある程度の騒音を受けたのではないかと窺えるものの、その程度はいずれも被告構内のそれに比して相当低いものと考えられるから、原告井村の聴力障害は、ほとんど被告構内の騒音作業によつてもたらされたものというべきである。

五 被告の責任

(一)  被告は、原告井村に対し、下請工の期間をも含めて安全配慮義務を負担すべきものであり、かつ被告においてこれを完全に履行したとは認め難い。

(二)  被告は、原告井村に対し、不法行為責任も免れない。

六 時効

前認定のとおり、原告井村の聴力損失値は、昭和四三年の検査以降必ずしも正確に悪化していくという状況ではないのであるが、既に述べたとおり、測定時の状況の違いもあり、また、現代の医学では、騒音被曝後一定年限で聴力低下が完全に停止するとは断定し難いうえ、労災手続において症状固定時が退職時とされていることをも総合勘案すると、被告の主張するとおり就業一〇年で症状が固定し、時効が進行するとはいえず、いまだ時効は完成していないというべきである。

七 損害

(一)  慰藉料

原告井村の聴力障害の程度から、被告構内以外の騒音によつてもたらされたと思われる部分及び加齢要素による部分を控除し、危険への接近、耳栓着用に関する事情をも斟酌したうえ、甲第五四号証の一三、原告井村本人尋問の結果に現われた同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると、原告井村に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金一五万円をもつて相当と認める。

〔13〕 (一―一四)原告西垣兀について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

大正五年八月二五日生

① 昭和一〇年ころ〜一四年

帝国酸素(株)ガス溶接工見習

② 昭和一四年一二月〜一七年一二月

兵役(衛生兵)

③ 昭和一八年〜一九年

川崎重工製鈑工場の構内下請会社

④ 昭和一九年五月〜二〇年八月

陸軍軍属

⑤ 昭和二一年四月〜二四年七月

昭和製作所

⑥ 昭和二四年八月〜同年一一月

金川造船(被告構内)

⑦ 昭和二四年一二月〜

被告 指名日雇

⑧ 昭和二五年六月〜五〇年一〇月

被告 本工(但し、昭和四七年五月以降は雇用延長、嘱託)

⑨ 昭和五一年八月〜同年九月

宇津原鉄工所(被告構外)

二  作業歴及び騒音状況

(一)  被告入構前

1  帝国酸素

原告西垣は、①の期間約四、五年間、右会社でガス溶接及びガス切断の作業に従事していた。原告西垣は、主として同社の工場(鉄工所)で働き、同工場では四〇人位の従業員が溶接、ガス切断等をしており、一定の騒音もあつたと考えられる。

2  川崎製鉄の構内下請会社等

その後、原告西垣は、右会社で約一年余、工場の営繕作業に従事した。

また、昭和製作所では、約三年間製罐工場でガス切断・溶接の作業に従事し、一定の騒音があつたと考えられる。

(二)  被告構内

1  昭和二四年一二月〜二九年一二月

原告西垣は、右期間、船台又は地上で、ガス切断作業に従事した。当時の造船界においては、鉸鋲から溶接に移り変る時期であり、また原告西垣の属した取付のグループは工程面上、鉸鋲とは離れていた如くであるが、それでも当時の船台での作業は相当高度の騒音に曝されていたと認められる。

2  昭和二九年一二月〜三二年七月

原告西垣は、溶接研究所(溶接部溶接研究課)において、ガス切断機を用いて、技師の指示によりテストピースの切断その他の作業に従事した。

同所ではガス切断作業のほか、電気溶接の実習も行われていた。

ガス切断の騒音レベルについては、九〇〜一〇〇ホン、電気溶接のそれについては八五〜九〇ホンという資料がある。

3  昭和三二年八月〜五〇年一〇月

この間は、鉄構課(後に鉄構工作課と改称。)において鉄管、橋梁、鉄塔の材料切断作業に従事した。

当初は鉄工課D棟で作業した。D棟自体はガス切断の専門工場であつた。

次いで、昭和四三年七月ころからはSF棟で働き、更に昭和四五年三月ころからはSC棟に移つて作業したが、作業内容は、いずれもガス切断であつた。

原告西垣は、昭和二九年ころに陶製のような比較的固い耳栓の支給を受け、後にはゴム製のような耳栓の支給を受けて、できるだけこれらを着用したが、一日中着用していると耳がかゆくなつたり、しびれたりするようなことがあつた。

三 聴力障害

(一)  原告西垣自身は、昭和四〇年ころから聴力の低下を意識するようになつた。

(二)  原告西垣は、昭和四〇年、四三年、四四年、五二年(四回)の聴力検査が行われたが、これらの検査結果は、原告西垣の聴力障害を騒音性難聴と認定するうえで妨げとなることはない。

もつとも、原告西垣の聴力損失値は、四〇年から四四年までの数値(被告衛生課測定のもの)は変動が小さく、昭和五二年のものは被告衛生課測定によると、四〇、四三、四四年測定より相当悪化していること、しかし昭和五二年関西労災病院の測定結果ではより損失値の小さい測定結果が得られていることが明らかである。

(三)  そして、労災手続においては、純音聴力損失値右耳三六デシベル、左耳四二デシベル、語音最高明瞭度右耳六七パーセント、左耳六五パーセントと判定され、障害等級一〇級の三の二と認定された。

(四)  なお、<証拠>によると、昭和四〇年三月に被告が実施した聴力検査の際、原告西垣は家族に耳が悪い者がいる旨申告したことが認められる。右事実からすると、原告西垣の聴力障害が遺伝性(先天性)のものである可能性が全くないとはいえないが、逆に右の事実から直ちに遺伝性の疾患があるとも認められず、前認定の事実にてらすと、騒音性難聴と認むべきである。

四 因果関係

以上認定事実によつて考察するに、原告西垣の聴力障害は、基本的には騒音性難聴であると認むべきであり、また、その原因としては、前記帝国酸素、川崎重工製鈑工場及び昭和製作所等における就労によるものも全くないとはいえないが、そのほとんどは、被告構内における騒音作業によるものと認めざるをえない。

五 被告の責任

(一)  原告西垣の聴力低下につき、被告は、下請工の期間を含め、安全配慮義務を負うものと解すべきであり、被告が義務を完全に履行したとは認め難い。

(二)  また、被告は、原告西垣に対し、不法行為責任も免れない。

六 時効

被告は騒音職場就業後一〇年の経過をもつて聴力障害が固定するとして、これを根拠に消滅時効を主張・援用するが、既に検討したとおり、被告主張のように症状が固定するとはいえない。原告西垣についても、被告衛生課の測定では、昭和四〇〜四四年よりも昭和五二年の測定値の方が大となつており、加齢的要素は考えられるものの、被告のいうように症状が固定し、進行が停止したとは断定し難い。

したがつて、被告の主張する時効の点は、採用し難い。

七 損害

(一)  慰藉料

原告西垣の聴力損失の程度から、被告構内以外の騒音によつてもたらされたと思われる部分及び加齢要素による分を控除し、危険への接近、耳栓着用に関する事情をも斟酌したうえ、甲第五四味証の一四、原告西垣本人尋問の結果によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現われた事情を総合すると、原告西垣に対する慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金二〇万円をもつて相当と認める。

〔14〕 (一―一五)原告田野米三郎について

<証拠>によれば、次の各事実が認められ<る。>

一  経歴

大正元年九月五日生

① 昭和一一年一〇月〜二〇年九月

被告 本工

② 昭和二六年三月〜二九年四月

松尾鉄工(被告構内)

③ 昭和三〇年一一月〜五一年七月

野田浜鉄工所、次いで三神合同

(被告構内)

二 作業歴及び騒音状況

(一)  戦前戦中時代

原告田野は、右期間、山型鍜工として、山型T棟で、「ほど」と呼ばれる炉で小物部材を焼き、それに「当てびし」や「柄たがね」を当てて中ハンマーや鼓ハンマーでたたいて段をつけたり(せぎり作業)、切断したりする作業に従事していた。

当時の山型T棟は、それ自体相当な騒音を発する作業場であり、のみならず、隣接する撓鉄S棟の騒音が絶え間なく聞こえて来る状況にあり、戦時体制下においては昼夜をわかたず作業が遂行された。

(二)  松尾鉄工所時代

原告田野は、右の時期も(一)と同じ作業場で同様の作業をした。

右の時期は、戦後の衰退期から立ちなおつて、造船量が増加しつつある時期であり、戦中の昭和一八、一九年に近い建造量に迫る時期であつた。

(三)  三神合同時代

1  撓鉄S棟時代

原告田野は、フレームの曲げ加工の作業に従事した。

型鋼(フレームの曲げ加工は、次第に熱間加工法から冷間加工法に変り、これに伴つてハンマーを用いてジャッキ等をたたく工法は少なくなつたが、原告田野は、右の時期もハンマー等も用いた如くである。もつともガスバーナーによる曲げ加工にも従事し、そのほか水圧プレスのハンドル取り、ジンブルの先手などもつとめた。

また、この当時、船舶建造法について溶接工法がとり入れられてゆくと、フレームの面を仕上げる必要も大巾に減少し、これらのこともあつて、騒音は従前よりは減少したとみられる。

2  R棟時代

原告田野は、昭和四一年以降はR棟に移り、従来どおりフレームの曲げ加工の作業に従事した。R棟は独立した建物で周辺の騒音の影響は比較的少ないが、その騒音レベルについては、先に認定したとおりである。

(四)  原告田野は、遅くとも昭和四〇年ころには耳栓の支給を受け、装着していた。

三 聴力障害

(一)  原告田野は、昭和三七、八年ころに他人から聴力低下を指摘され、原告田野自身はその後も徐々に低下が進んだものと意識している。

(二)  原告田野の聴力検査結果に現れた聴力像は、原告田野の聴力障害を騒音性難聴と認めるにつき妨げとなるものではない。

(三)  労災手続において、原告田野の聴力障害は、平均純音聴力損失値右耳四三デシベル、左耳四〇デシベル、語音最高明瞭度右耳五〇パーセント、左耳六〇パーセントと判定され、騒音性難聴として障害等級九級の六の二に該当するものと認定された。

四 因果関係

以上に認定した事実によつてみると、原告田野の聴力障害は、加齢的要素は否定し難いとしても、基本的には騒音性難聴と認められ、またもつぱら被告構内の騒音作業によるものと認むべきである。

五 被告の責任

(一)  被告は、原告田野に対し、下請工時代も含め、安全配慮義務を負担するものと解され、かつ、被告が右義務を完全に履行したものとは認め難い。なお、被告は、殊に戦前戦中の騒音に関し、不可抗力であつたと主張するが、総論で検討したとおり、不可抗力とまではいえない。

(二)  被告は、原告田野に対し、不法行為責任も免れない。

六 時効

(一)  被告は、原告田野に聴力障害の認識があつた昭和四〇年には、原告田野の症状が固定したとし、同時点を起算点とする消滅時効を主張・援用するが、右の時点までに原告田野の聴力障害が固定したと認め難いから、被告の右主張は採用できない。

(二)  原告田野は、昭和二〇年九月に被告(本工)を一旦退職し、また、昭和二九年四月に松尾鉄工を退職して被告の下請関係を離れているので、安全配慮義務は右の各時点で一応終了し、不法行為も右各時点で終了するから、これに基づく損害賠償請求権も右の各時点から(あるいは債務不履行責任については原告に聴力障害の認識を生じた昭和四〇年から)進行するので、いずれも時効により消滅したと解される。

七 損害

(一)  慰藉料

原告田野の聴力障害の程度から加齢要素による部分及び時効によつて消滅した部分を控除し危険への接近、耳栓着用に関する原告田野の事情を斟酌したうえ、甲第五四号証の一五、原告田野本人尋問の結果によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると、原告田野に対する慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金一〇万円をもつて相当と認める。

〔15〕 (二―一)原告南日輝について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

経歴

大正七年八月一七日生

①  昭和一四年四月以前

製材所

②  昭和一四年四月〜二〇年一〇月

被告 本工

但し、右期間中、

③ 昭和一四年五月〜一六年二月

兵役(中国で従軍し、砲弾により重傷を負う。)

④ 昭和二〇年三月〜同年一〇月

兵役(国内で初年兵教育)

⑤  昭和三〇年九月以前の一定期間

長谷川鉄工所(被告構外)

⑥  昭和三〇年九月ころ〜三一年四月

鈴木工業所(被告構内)

⑦  昭和三一年六月〜五一年一〇月

被告臨時工、次いで本工

二 作業歴及び騒音状況

(一)  製材所での就労

原告南は、二、三か月の間、製材所で雑役をしたことがある。

製材所における帯鋸の騒音は一〇〇ホンを超えるものが大部分で、かつ高周波音域であるとする資料がある。

(二)  被告構内(戦前戦中期)

原告南は、この間、通じて約四年余り被告構内で本工として就労しているが、昭和一六年復員後の約一年間は取付鉄工として稼働したが、右の期間は一定の騒音を受けたものとみられる。

次いで昭和一七年三月から二〇年三月までの約三年間は現図工として、現図場で作業したが、その内容は、図面に基づいて木製の木型を作成したりしていたが、罫書きをすることもあつた。

(三)  長谷川鉄工所

原告南は、戦後、一定期間、銭湯用の風呂釜を板金加工して製作し、取り付けることを業とする長谷川鉄工所で取付工として稼働したと認められる。

(四)  被告構内(戦後)

1  当初は取付工(鉄木工)として就労し、次いで罫書き作業に従事した。

右の罫書き作業では、モノポール切断後の部材の罫書き等を行つたとみられるが、タガネ等を用いる作業にも従事したごとくであり、また、昭和三七年一〇月の神船時報では、鉄構工作課の現図罫書き場の状況は騒音がはなはだしいと書かれているが、造船関係の現図罫書き場もこれと大差がないと考えられる。

2  次いで、昭和三五年六月からガス溶接工に職種変更され、M棟、U棟等で、当初はモノポールについてガス切断作業を行い、昭和四〇年ころモノポールが廃棄された後は、M棟のガス定盤上、あるいはガスコンベア上で、ガス切断作業に従事した。

ガス切断作業の騒音については、総論でみたとおり、八五ホン以上、九〇〜一〇〇ホンとする資料もあるなど、一定の騒音作業であることは否定し難い。

(五)  原告南は、モノポールが入つて(モノポールが導入されたのは昭和三一年ころと思われる。)間もないころあるいは昭和三五、六年ころに耳栓の支給を受けて着用したごとくであるが、当初の耳栓は固く、痛みを感じたり耳にかぶれなどができたりして使用しにくいものであり、着用してもはずれたりすることが少なくなかつた。

三 聴力障害

(一)  原告南は、昭和三七、八年ころ他人から聴力の低下を指摘されるようになり、その後徐々に悪化していつたと感じている。

(二)  原告南の聴力検査は、昭和四〇年、四二年、四四年、五二年(四回行われているが、これらによつて示される聴力像は、原告南の聴力障害を騒音性難聴と認めるうえで妨げとなるものではない。

なお、右検査結果のうち、被告衛生課で行われたものをとつてみると、昭和四〇年から四四年までは大きな変化はないが、昭和五二年のものは損失値が大となつている(もつとも昭和五二年における関西労災病院の検査による数値は被告の昭和四〇、四二、四四年の検査の数値に近い。)。

(三)  原告南は、労災手続において、純音聴力損失値右耳三六デシベル、左耳四二デシベル、語音最高明瞭度右耳六七パーセント、左耳六五パーセントと判定され、障害等級一〇級の三の二と認定された。

四 因果関係

以上認定の事実によつてみると、原告南の聴力障害は、加齢的要素によるものがあることは否定し難いが、騒音性難聴によるものと認められる。その原因についてみると、製材所は比較的短いし、長谷川鉄工所の騒音が大きいものであつたとは認め難いので、そのほとんどは被告構内の騒音作業によるものと認むべきである。

五 被告の責任

(一)  被告は、下請工の期間も含め、原告南に対し安全配慮義務を負担するものと解すべきであり、被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。また、被告は、殊に戦前戦中の責任について不可抗力である旨の主張をするが、総論で検討したとおり、右主張は採用し難い。

(二)  被告は、原告南に対し、不法行為責任をも免れない。

六 時効

(一)  被告は、騒音性難聴が就労開始後一〇年で固定することを前提として消滅時効を主張・援用するが、採用し難い。

(二)  次に、原告南は、昭和二〇年一〇月に被告(本工)を退職したので、右以前の安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償請求権は、それぞれ昭和三〇年一〇月、同四〇年一〇月に時効によつて消滅したと解される。

原告南は、昭和三一年四月に鈴木工業所を退職し、同年六月に被告に雇傭されているところ、右の程度の間隔の場合は、少なくとも不法行為としては一体として考察すべきであり、二〇年の消滅時効が右昭和三一年四月から進行すると解すべきではない。

七 損害

(一)  慰藉料

原告南の聴力障害の程度から、時効により消滅した部分、他の騒音職場の騒音によると認められる部分、加齢要素による分を控除し、危険への接近、耳栓着用に関する事情をも斟酌したうえ、甲第五五号証の一の一、二、原告南本人尋問の結果によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると、原告南に対する慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金二〇万円をもつて相当と認める。

〔16〕 (二―二)原告森清について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

大正四年一月一日生

① 昭和一一年一二月〜四七年四月

被告 本工

但し、右のうち昭和一四年二月〜一五年九月までは、兵役(陸軍姫路第一一〇連隊若林部隊歩兵)

二  作業歴及び騒音状況

(一)  原告森は、入社当初の六か月間位の研修期間の間にハツリ等も経験し、次いで昭和一三年四月ころまでは運搬工として、主として室屋と呼ばれる鋳型の乾燥作業に従事した。

(二)  次いで、昭和一三年五月から鋳物工場のクレーンマンとなり、昭和二一年初めころまで鋳鉄場(D、E棟)に配属され、主にE棟の鋳込み場(型場)等で天井クレーンの運転をしていた。

鋳物工場のクレーンは、鋳物を吊り上げていたり、吊つた物を上下に上げ下げしたりするために用いられることも多く、他の作業場に比べると、通常の走行に用いられることが少なかつたこともあつて、騒音は他の工場のクレーンより低かつた模様である。

周辺騒音として、鋳物のハツリ(いわゆる鉄砲を用いる。)、型込め等の騒音があつた。

(三)  原告森は、昭和二一年初めころ鋳物場(F棟、G棟)に配属され、また同年三月クレーンマンの伍長(責任伍長)に昇進した。

責任伍長として、詰所におけるいわゆるデスクワークがあり、詰所は他から遮蔽された構造になつていたため、騒音は低かつたが、クレーンマンが不足の場合に自らクレーンを運転することも少なくなく、また経験の少ない者の傍に同乗して指導・監督することもあつた。

(四)  昭和四三年六月からは、道具庫に配置換えされ、D棟、次いでOH棟の道具庫に、それぞれ配属された。

道具庫においても騒音がなかつたわけではないが、他の部署に比較すると、低かつた如くである。

(五)  原告森は、昭和三〇年代の後半ころ耳栓の支給を受け、以後は装着するようにつとめていた。

三 聴力障害

(一)  原告森は、昭和三五、六年ころから同僚から聴力の低下を指摘されるようになつた。

(二)  原告森については、退職時までの聴力測定結果は存在せず、昭和五二年の労災申請時における聴力測定値は、純音聴力損失値右耳六三デシベル、左耳四〇デシベル、語音最高明瞭度右耳三五パーセント、左耳八五パーセントとなつており、また、昭和五六年における検査によると、純音聴力損失値右耳65.83デシベル、左耳47.5デシベルとなつている。

そして、その聴力像は、左右差があり、かつ左右のオージオグラムのパターンが異なる。また右耳のオージオグラムは低音域の損失が大きく、気骨差もあるなど、騒音性難聴とみるのに疑問がある。

四 時効

そこで、先に消滅時効の抗弁について検討する。

(一)  まず、被告は、いわゆる一〇年進行停止説を根拠として、消滅時効を主張・援用するが、採用し難い。

(二)  次に原告森の従事した騒音作業は、前認定のとおり昭和四三年六月に道具番に替つたときに終了しており、被告の債務不履行も不法行為も右の時点までである。そして、原告森は、右の時点で具体的な損失値はともかくとして、自己の聴力障害を認識しており、損害を知つたといえるから、債務不履行についても不法行為についても、右の時点から消滅時効が進行し、いずれも既に時効が完成した。

五 結び

以上のとおりであるから、その余の点につき検討するまでもなく、原告森の請求は理由がない。

〔17〕 (二―三)原告久川今次について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一  経歴

明治四一年四月二〇日生

① 昭和四年六月〜七年一一月

兵役(海軍佐世保海兵団)

② 昭和七年から昭和一三年までの間の一定期間

谷下工業所(取付工)

③ 昭和一三年六月〜二二年一一月

川崎重工業(取付工)

但し昭和一五年一二月〜二一年六月

兵役(海軍佐世保海兵団)

④ 昭和二二年一一月以降の何時か〜二三年九月

被告 臨時工

⑤ 昭和二三年九月〜三八年五月

被告 本工

⑥ 昭和三八年五月ころ〜同年暮ころ

被告 臨時工

⑦ 昭和三九年九月〜四二年四月

三神合同(被告構内)

⑧ 昭和四二年七月〜五一年四月

増田産業(被告構内、但し増田産業専用の作業場)

⑨ 昭和五一年五月ころ〜五三年六月

兵庫県研修所の雑役、明舞団地(住宅公団)の掃除、雑役

二  兵役、作業歴及び騒音状況

(一)  兵役

1  原告久川は、①の兵役の間、戦艦「霧島」、海防艦「対馬」に乗り組んだが、艦砲の射撃音等に接した。

2  次いで、昭和一五年一二月佐世保海兵団付を命ぜられ、馬公、東沙島等南支方面の事変地で実戦に参加した。

3  次いで昭和一七年五月佐世保第一海兵団付に、同年六月第一一航空艦隊指令部付を命ぜられ、テニアン、ラバウルに派遣され、二〇年八月の終戦までラバウルで実戦に参加した。

原告久川は、被告入社後比較的早い段階から聴力が低いことを同僚から指摘されており、原告久川が、戦争で激しい実戦を体験したこと、「お国のために尽くしたから耳が遠くなつた」という趣旨のことを語つた。

また、原告久川は、ラバウル在勤中マラリアに罹患し、内地復員後もマラリアが再発したことがある。

(二)  被告入構以前

原告久川は、前記谷下工業所及び川崎重工業において取付工として稼働したとみられる。

そのうち川崎重工業に勤務したのは約二年一〇か月位であるが、航空母艦等の建造に関与し、そのネジ締め等の作業に従事した。

(三)  被告構内

原告久川は、被告構内において

1  被告入社後、船台で取付工として稼働した。取付工は、部材やブロックを鉸鋲又は溶接によつて組み立てるにあたり、正確で確実な接合ができるよう、ねじ締め、目合わせ、取付位置のマーキングなどを二人一組で行うものである。

被告神戸造船所では、原告久川が船台で稼働していた間に、船舶建造法が鉸鋲法から溶接法に変り、したがつて鉸鋲に伴う騒音は減少した。

2  三神合同に移つてから、取付工として、船台近くの東西組立定盤上において、主としてガス切断や仮付作業に従事した。

(四)  増田産業

その後増田産業時代は、被告構内の増田産業専用の作業場でスクラップのガス切断、ゴミ焼却作業の責任者等をした。

(五)  原告久川は、昭和三七年ころ耳栓の支給を受けて着用するようになつた模様である。

三 聴力障害

(一)  前記のとおり、原告久川は、昭和二三年に被告の本工になつて間もないころから、同僚から聴力低下を認識されており、また昭和三〇年代の早いころから補聴器を使用していた。

(二)  原告久川の労災認定時の聴力検査では、純音聴力損失値右耳六三デシベル、左耳七四デシベル、語音最高明瞭度右耳七五パーセント、左耳五五パーセントと判定され、障害等級七級の二に該当するものと認定された。

(三)  原告久川の聴力像を示すものとしては、昭和五二年の西診療所におけるオージオグラムと前記労災認定の結果が存するところ、右オージオグラムは、騒音性難聴のかなり進んだ段階のものと近似するところ、純音聴力損失値と語音明瞭度との相関関係の点、気骨差が一部存するなどの疑問もないではないが、騒音性難聴と認めるにつき、特に妨げとならない。

四 因果関係

以上の事実によつてみると、原告久川の聴力障害は、疑問が全くないわけではないが、騒音性難聴によるものと認められ、また、その原因として、③の川崎重工業等、被告以外の騒音による部分も相当あるが、被告構内の騒音によつて生じた部分があることも否定できない。

五 被告の責任

(一)  被告は、原告久川に対し、下請工時代も含め安全配慮義務を負担し、かつ、これを完全に履行したとは認め難い。

(二)  被告は、また、原告久川に対し、不法行為責任も免れない。

六 時効

(一)  被告は、原告久川の聴力障害が一定の段階で停止したことを根拠に、消滅時効を援用するが、採用し難い。

(二)  被告は、次に、原告久川は⑧増田産業時代は騒音を受けなかつたから、⑦の三神合同退職時から時効が進行すると主張するところ、前認定の事実に照らすと、増田産業に移つてからも一定の騒音を受けていることは否定し難く、また総論で検討したとおり原告久川が損害を知つた時とは最終的に固定した聴力状態を知つた時と解するのが相当であるから、少なくとも不法行為責任に関しては被告の右時効の主張は採用できない。

七 損害

(一)  慰藉料

原告久川の聴力障害の程度から被告以外の騒音によつてもたらされた部分及び加齢要素による部分を控除し、危険への接近、耳栓使用に関する事情をも斟酌したうえ、甲第五五号証の三及び原告久川本人尋問の結果によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると金一五〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用

金一五万円が相当である。

〔18〕 (二―四)原告前田利次について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴

大正三年五月二五日生

① 昭和八年一二月〜一〇年一〇月

兵役(台湾歩兵第一連隊第七中隊歩兵)

② 昭和一〇年一〇月〜一二年

台湾電化(株)

① 昭和一二年九月〜一四年一二月

兵役(前同部隊)

② 昭和一四年一二月〜一九年

台湾電化(株)

① 昭和一九年七月〜二〇年八月

兵役(前同部隊)

② 昭和二〇年八月〜二二年四月

台湾電化(株)

③ 昭和三六年四月〜三九年五月

要工業(有)(大同製鋼構内)

③ 昭和三九年五月〜四〇年九月ころ

(株)高市工業所(大同製鋼構内)

④ 昭和四一年一月〜五一年一二月

三神合同(株)(被告構内)

二  兵歴、作業歴及び騒音状況

(一)  兵役

原告前田は、三度にわたり、延べ五年間にわたり兵役につき、この間、武漢攻略作戦(昭和一三年)、海南島討伐作戦(同一四年)に参加した。原告前田は、これらにより一定の騒音に被曝したものと推測されるが、負傷等はなかつた。

(二)  台湾電化(株)

台湾電化(株)は、各種合金鉄その他電炉製品を生産する会社で、生産設備として、六〇〇〇kWカーバイド電炉一基、六〇〇〇kW合金鉄電炉一基及び窒化炉一二基を保有していた。

原告前田は、現場で電線のつけ替え等をする作業や、変電所において電力使用量の記録をしたりする作業に従事した。同所における騒音程度は不明確であるが、総論で認定したとおり、電気炉、加熱炉の騒音程度は八三〜一一九ホンであるとの資料がある。

(三)  大同製鋼(株)構内

原告前田は、③の期間、アーク炉組立工場及び大型加熱炉組立工場で、ガス切断や配管作業に従事した。同所の騒音程度は判然としないところ、造船所よりは低いと考えられるが、一定の騒音は存するものと思われる。

(四)  被告構内

原告前田は、昭和四一年一月から四四年一月までは、M棟(現E棟)の南側にあつた第二ガス班の作業場で、骨関係のガス切断作業に従事した。

次いで、昭和四四年一月ころから五一年一二月までは、R棟(現A棟)でガス作業に従事した。

ガス切断作業は、先に検討したように、それ自体一定の騒音を発するが、周辺においても騒音作業が行われていた。

三 聴力障害

(一)  原告前田は、昭和四五年ころから聴力低下に気づいた。

(二)  原告前田は、昭和五二年八月に、純音聴力損失値右耳四五デシベル、左耳四五デシベル、語音最高明瞭度右耳七七パーセント、左耳八〇パーセントと判定され、障害等級一〇級の三の二と認定された。

(三)  原告前田の聴力像に関しては、昭和五二年における五回の検査結果が存在し、検査病院によつて聴力像がやや異なるなど、若干の疑問はあるが、原告前田の聴力障害を騒音性難聴と認めるにつき妨げとなるものではない。

四 因果関係

以上認定の事実によつてみると、原告前田の聴力損失には、加齢的要素は否定し難いとしても、そのほとんどは騒音性難聴によるものと認めるのが相当である。

次に、騒音性難聴の原因についてみるに、被告構内以外の騒音は被告構内におけるほどではなかつたにしても、被告構内の就労に比べると長期にわたつており、被告構内における騒音によつてもたらされたものと、右以外の騒音によつてもたらされた部分とが存すると認むべきである。

五 被告の責任

原告前田は、下請工として被告構内で就労したものであるが、被告は安全配慮義務を免れるものではなく、被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。

六 損害

(一)  慰藉料

原告前田の聴力障害の程度から、被告以外の騒音による部分及び加齢要素による部分を控除し、危険への接近、耳栓の着用に関する事情を斟酌したうえ、甲第五五号証の四及び原告前田本人尋問の結果によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると、原告前田に対する慰藉料は金一二〇万円をもつて相当と認める。

(二)  弁護士費用

金一二万円をもつて相当と認める。

〔19〕 (二―五)原告西優について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められ<る。>

一  経歴

明治三八年一〇月二〇日生

① 昭和三〇年代に六年ないし八年間

日本蒸溜工業(株)(銅工)

② 昭和三八、九年ころ〜四三年

三陽船舶(被告構内)

③ 昭和四四年初めころ〜四五年七月まで

三陽船舶(被告構内)

④ 昭和四五年一一月〜四九年一二月

富士産業(被告構内)

二  作業歴及び騒音状況

(一)  日本蒸溜(株)

同社は、アルコールの蒸溜機を製造していたが、右の作業はいわゆる製缶作業であり、接合はリベットによつていた。また耳栓は支給されていなかつた。もつとも扱う部材が銅であり、ある程度の騒音はあつたと思われるが、造船所構内よりは低いものであつたと窺われる。

(二)  被告構内

1  原告西は、②の当初製缶工場で稼働した模様である。

2  次いで、C棟で船殼ブロックの枠組立作業においてガス切断作業に従事した。

3  その後、昭和四〇年ころから、鋳造工場で、鋳枠等の整理やガス切断を行つた。

4  原告西は、昭和四一年一月一四日、自ら使用していたガスバーナーの先がつまつたので、掃除していた際、ホース内に残つていたガスに引火して右バーナーが爆発するという事故に遇つた。

原告西は、右爆発事故の後、耳が聞こえにくくなつたと気づいた。

5  ④の富士産業時代には、機関艤装課艤装工場において、ガス切断機、電気溶接機等を用いて取付の作業に従事した。

6  なお、原告西は、昭和四一年からは耳栓を支給されて使用していた。

三 聴力障害

一 原告西は、前記のとおり、昭和四一年の爆発事故の後に聴力低下を意識した。

(二)  原告西は、昭和五三年、平均純音聴力損失値右七〇デジベル、左六七デジベルと判定され、障害等級七級の二に該当するものと認定された。

四 以上認定の事実によつてみると、原告西の聴力障害は、昭和四一年における前記ガス爆発によつて生じたものである疑いがきわめて強い。そして、右以前の被告職場における騒音作業によつて聴力が低下した疑いもあるけれども、その程度を認定すべき資料はなく、また、前記爆発事故以後の騒音作業によつて聴力が一層低下した疑いもないではないが、右のように認定すべき証拠もない。

五 時効

原告西は、右ガス爆発についても被告の責任を問うかのごとくでもあるが、仮に何らかの責任があるとしても、原告西の損害賠償請求権は時効により消滅したというべく、かつ被告は右時効とも援用しているものと解される。

六 結び

以上のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、原告西の請求は理由がない。

〔20〕 (二―六)原告加川留吉について

(訴訟要件について)

原告加川が昭和五四年四月三日に死亡したことは、当事者間に争いがない。また、原告加川の相続人から本件訴訟手続を承継する等の申出がなされていないことは、記録上明らかである。

ところで、被告は、原告加川の本件訴訟は、当事者が不存在であり、訴訟要件を欠くと主張するが、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権は、請求者が死亡したときは相続人がある限りこれを承継するところ、右損害賠償請求の訴訟手続も当然に承継を生ずるが、原告加川には訴訟代理人があつたのであるから、中断することなく、被相続人の訴訟代理人であつた者が、訴訟承継の結果新たに当事者となつた相続人らの訴訟代理人として訴訟行為をなすことができるものと解すべきであつて(最高裁判所昭和三三年九月一九日判決民集一二巻一三号二〇六二頁)、相続人が訴訟について取下等の手続をとらない限り、当事者が不存在であると解することはできない。

(本案について)

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められる。

一  経歴

明治四二年一〇月二日生

①  昭和七年〜一二年

大阪鈴木鉄工所

②  昭和一三年〜一五年

大阪汽車製造所

③  昭和一五年〜一八年

神戸製鋼所

④  その後(昭和一八年六月以降〜昭和一九年八月までの間の一定期間)

造船隊(神戸刑務所構外作業三菱神戸造船隊)として、被告構内で作業

⑤  昭和一九年八月〜四〇年一二月三一日

被告 本工

⑥  昭和四二年六月〜五〇年九月

山陽工業(被告構内)

昭和五四年四月三日 死亡

二  作業歴及び騒音状況

(一)  被告入構以前

原告加川は、①②③の期間、一定の騒音職場にあつたと窺われる。

甲第一八号証によると、鉄道車両工場の騒音につき、約七五〜一二〇ホンという測定結果があり(昭和三九年発表の論文)、また製鋼所について約八七〜一二六ホンという測定結果があり、一定の騒音を受けたものと推認される。

(二)  被告構内

1 造船隊時代

前記④の時代、原告加川は、L型クレーン下等での地上組立で、単純なネジ締めの作業に従事したと窺われる。

2 昭和一九年八月〜三二年一一月(本工)

原告加川は、右の期間、取付工として、L型クレーン下、船台で取付作業をした。

船台においては、主として、仮付(溶接)、ガス切断が主な仕事であつた。船台では、造船工法が鉸鋲から次第に溶接に変化していつたが、鉸鋲の騒音もあり、溶接に伴うハツリ等の騒音もあつたと窺われる。

3 昭和三二年一一月〜四〇年一二月(本工)

原告加川は、昭和三二年一一月船台で転落事故に遇い、昭和三三年五月末まで入院療養し、復帰後は造船工務課の用役の仕事をした(昭和三四年四月に正式に用役工となつた。)。

原告加川は、造船工作部中央更衣室の掃除、同所の盗難防点のための見張り(ハウス番)、夜勤者用仮眠所の整理、食堂の配膳などの雑役を担当した。右職場自体には騒音はなく、周辺工場には騒音があり、これらと無縁ではなかつたが、周辺工場の騒音による影響も少なかつたと窺われる。

4 昭和四二年六月〜五〇年九月(山陽工業)

原告加川は、造船工作部溶接指導係教習所で、IKにより溶接練習材の切断作業に従事した。

右教習所では、溶接実習が行われていたが、同所は耳栓装着場所に指定されていた。

なお、総論で認定したとおり、甲第四六号証によると、電気溶接は八五〜九〇ホン、ガス(切断)加熱九〇〜一〇〇ホン、集じん機(一〇馬力)一〇五〜一一〇ホンとの測定結果が示されている。

三  聴力障害

(一)  原告加川は、昭和三〇年ころから耳鳴りを覚え、停年(昭和三九年)の少し前から聴力低下を意識するようになつた。

(二)  原告加川は、労災手続において、純音聴力損失値右耳五六デジベル、左耳五八デジベル、語音最高明瞭度六八パーセント、左耳七五パーセントと判定され、障害等級九級の六の二に該当すると認定された。

(三)  オージオグラムでは、低音域に比し高音域がさしたる低下を示していない等の疑問があるが、騒音性難聴と認めるのに妨げとなるものではない。

なお、原告加川に耳の疾患があつたとは窺われない。

四  因果関係

以上に認定した事によつてみると、原告加川の聴力障害は、加齢的要素があることは否定し難いが、騒音性難聴によるものと認めるのほかはない。

その原因としては、前記①〜③の被告構内以外の就労に基づくものも否定し難いが、被告構内における就労に起因する部分が比較的多いと思われる。

五  被告の責任

(一)  被告は、原告加川に対し、下請工、造船隊時代も含め安全配慮義務を負担するものと解すべく、かつ、被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。不可抗力の主張も採用し難い。

(二)  被告は、原告加川に対し、不法行為責任も免れない。

六  時効

(一)  被告は、まず、原告加川が昭和三二年一一月に騒音職場を離脱したとして時効を援用するが、右のようには認め難い。

(二)  被告は、次に、一〇年ないし二〇年で聴力障害の進行が停止するとの前提に立つて時効を援用するが、採用し難い。

(三)  被告は、また、昭和四〇年一二月三一日(⑤の退職日)から時効が進行すると主張するところ、前認定の事実に照らすと、右以前の債務不履行、不法行為については、右の時点から時効が進行し、既に完成したものと認められる。

七  損害

(一)  慰藉料

原告加川の聴力障害の程度から時効消滅した請求権に関する分、加齢的要素による分を控除し、危険への接近、耳栓使用に関する事情を斟酌し、甲第五五号証の六によつて窺われる同原告の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると、金一五〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用

金一五万円が相当である。

〔21〕 (二―七)原告渡はまについて(原告渡はまの相続について)

亡渡利男が昭和五二年一一月二日死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、亡渡利男には、相続人として妻渡はま、二女渡恵子、三女渡雅子があつたが、右三名は、昭和五三年六月一日遺産分割協議を行い、亡渡利男の被告に対する騒音性難聴に基づく損害賠償請求権を原告渡はまが相続する旨協議をしたことが認められる。

ところで、被告は、慰藉料請求権は一身専属的なものであり、亡渡利男は、生前、被告に対し慰藉料請求の意思を表示していたとは認められないから、亡渡利男の死亡によつて消滅したと主張するが、債務不履行又は不法行為に基づく慰藉料請求権は、これを取得した者が右請求権を放棄したものと解しうる特段の事情がない限り、これを行使することができ、その損害を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではなく、また請求権者が死亡したときには、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解されるのであり(最高裁判所昭和四二年一一月一日判決民集二一巻九号二二四九頁等参照)、前認定の事実によると、原告渡はまが亡利男の損害賠偵請求権を相続したものというべきである。

(本案について)

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実を認めることができ<る。>

一  経歴 (亡渡)

大正五年九月二五日生

昭和一六年〜二三年末ころ

兵役(陸軍騎兵) 満州出兵、次いでシベリアに抑留

昭和二四年一月〜五〇年一〇月

被告 本工(雇用延長、嘱託)

その後

アルバイト(ライターの石の不良品のチェック)

昭和五二年一一月二日 死亡

(脳血栓)

二 作業歴及び騒音状況

(一)  昭和二四年一月〜三一年初めころ

亡渡は、当初鋳造工場、合金場のA・B棟で主としてグラインダーを使用して銅合金の製品作業(仕上げ作業)に従事し、その後昭和二九年ころから合金場C棟で銅合金の溶解作業に従事した。

(二)  昭和三一年初め〜昭和五〇年一〇月

亡渡は、昭和三〇年一二月に火傷を負い、四八日間休業した後、クレーンマンに職種替えとなり、昭和四六年三月ころまでは、主として合金場B棟の合金型場、合金溶解用の天井クレーンの運転に従事し、次いで昭和四六年三月以降は、鋳鋼場G棟でクレーンマンとして勤務した。

鋳物工場のクレーンの状況については、さきに認定したとおりである。

右工場では、クレーン、シェーカー、アーク炉等が一定の騒音を発していた。

三 聴力障害

(一)  原告渡はまは、亡利男の聴力について、徐々に悪くなつていつたが、昭和四〇年ころ聴力検査で聴力低下があつたと述べていた、四七年ころには相当悪かつたと認識している。もつとも、亡利男の同僚の中には、亡利男が入社当初から耳が遠かつたと指摘する者もいる。

(二)  亡利男の聴力は、昭和五二年において、純音聴力損失値右耳四四デジベル、左耳四六デジベル、語音最高明瞭度右耳八〇パーセント、左耳八〇パーセントと判定され、「血液検査、レントゲン線検査、鼓膜所置に異常を認めず。高音急墜型難聴像を呈し」、騒音性難聴により障害一〇級の三の二に該当すると認定された。

(三)  亡利男の聴力像を示すものとしては、右労災認定の基礎となつたと思われる関西労災病院のもの(昭和五二年一〇月)と、西診療所の昭和五二年測定のものとがある。西診療所のものは一部気骨差があり、また二〇〇〇ヘルツの方が四〇〇〇ヘルツよりも聴力低下が著しいなどの疑問もあるが、関西労災病院のそれは(二五〇ヘルツ以下、八〇〇〇ヘルツの測定値がなく、骨導聴力検査結果がないが)、二〇〇〇ヘルツと四〇〇〇ヘルツの聴力は同程度(左耳)又は四〇〇〇ヘルツの方が低下が大(右耳)となつており、西診療所のそれのような疑問は少ない。そして、西診療所が関西労災病院と比べると、騒音性難聴の検査等を必ずしも専門とする診療所でないことをも考慮すると、亡渡の聴力像は、騒音性難聴でないというほどのものとはいえない。

四 因果関係

前認定のとおり、亡利男の聴力像は、検査結果が少ないこともあつて疑問の余地があるが、耳の疾患等はなく、診断にあたつた関西労災病院の医師は、前記のとおり騒音性難聴であると判断しており、また、その経歴に照らしてみると(兵役があるが、難聴をもたらすような騒音にさらされたとは認め難い。)、亡利男の聴力障害は騒音性難聴であつて、かつ被告構内の騒音作業によるものと認むべきである。

五 被告の責任

被告は、本工であつた亡利男に対し安全配慮義務を負担するものであり、被告が右義務を完全に履行したとは認め難い。

六 時効

被告の時効の主張は、採用し難い。

七 損害

(一)  慰藉料

亡渡の聴力障害の程度から、加齢要素の分を控除し、危険への接近、耳栓使用に関する事情を斟酌し、原告渡はま本人尋問に現れた亡渡の苦痛その他本件に現れた事情を総合すると金一〇〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用

金一〇万円をもつて相当と認める。

〔22〕 (二―八)原告太田一郎について

<証拠>によれば、次の一ないし三の事実が認められる。

一  経歴

大正四年一二月五日生

昭和一二年一月〜二〇年九月

兵役(海軍)

昭和二一年三月〜四九年四月

被告 本工

二  兵歴、作業歴及び騒音状況

(一)  兵役

原告太田は、八年半位兵役につき、その間、上海海軍特別陸戦隊に属したこともある。また、原告太田は、海軍で「ビンタ」を受けたことがあり、同僚にも「自分の耳が遠いのは、海軍でビンタを打たれたからだ」などと語つたことがある。

また、原告太田は、兵役期間中、約三か月間、「熱帯熱マラリア」のため入院した。

(二)  被告構内

原告太田は、被告構内では一貫して「二機」(入社時の名称造機部第二機械工場)で就労したものであるが、二機は、主として中小型のディーゼルエンジン等を製作する工場であつた。

1  昭和二一年三月〜三四、五年

原告太田は、二機の仕上工として、A棟・B棟を中心に就労した。

2  昭和三四、五年〜四九年四月

原告太田は、右の期間クレーンマンとして、玉掛作業や天井クレーンの運転に従事し、昭和四三年に工長となつてからは、自らクレーンを運転することは少なくなり、運般作業全般のとりまとめ等をした。

三 聴力障害

(一)  原告太田は、労災手続において、純音聴力損失右六八デジベル、左二八デジベル、語音最高明瞭度右六〇パーセント、左九五パーセントと判定され、旧基準による障害等級一一級の四に該当するものと認定された。なお、神戸労災病院の医師によると、「レ線検査、血液検査、鼓膜所見に異常なく、騒音によるものと考えられる。」と診断された。

(二)  原告太田の聴力像を示すものとして、昭和五二年における検査結果(オージオグラム)が存するところ、これらによると右耳のみ聴力が著しく低く、また、右耳は全音域にわたつて著しく低いが、左耳は二〇〇〇ヘルツ以下はほぼ正常で四〇〇〇、八〇〇〇ヘルツのみ急墜した状況になつている。また、右耳において特に気骨、骨導差があり、骨導聴力より気導聴力が相当低い状況になつている。

四 因果関係

以上の事実によつてみると、原告太田の聴力像、ことに右耳のそれは、通常の騒音性難聴によるものと認めるには疑問がある。左右差について、原告は種々主張するが、被告構内の作業によつて右のような聴力像の左右差を生じたとするには、合理性が乏しいと考えられる。

左耳については、軽度の騒音性難聴とも考えられるけれども、一耳の聴力損失二八デジベルは、障害等約一四級の基準にも満たないものであつて(しかも、加齢要素も否定し難い。)、賠償を要する損害を生じたとは認め難い。

五 結び

以上のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、原告太田の請求は理由がない。

第三章 結論

以上のとおりであるから、被告は、原告斉木に対し金一六五万円、

原告山下に対し金八八万円、

原告藤本に対し金一一〇万円、

原告田中に対し金一一〇万円、

原告佐々木に対し金八八万円、

原告中野に対し金二二万円

原告横矢に対し金二二〇万円、

原告高橋に対し金二二〇万円、

原告松田に対し金一六五万円、

原告井村に対し金一六五万円、

原告西垣に対し金二二〇万円、

原告田野に対し金一一〇万円、

原告南に対し金二二〇万円、

原告久川に対し金一六五万円、

原告前田に対し金一三二万円、

原告加川に対し金一六五万円、

原告渡に対し金一一〇万円、

及びこれらに対する原告斉本から原告田野までの各原告については、同原告らの訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一一月二三日から、原告南から原告渡までの各原告については、同原告らの訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年八月一五日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害馬を支払うべきものである。

よつて、本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容するが、原告村上、同図師、同森、同西、同太田の各請求及びその余の原告らのその余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言とその免脱の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(阪井昱朗 岩井俊 小野洋一)

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